「高校野球の世界の人たちってゆるやかに、でも、みんなちゃんと洗脳されている感じがするんです」ふたりの作家が語った高校野球への逡巡と違和感<早見和真×中村計>
甲子園を恨んでいる人の方が多いに決まってる?
中村 早見さんの小説を読んでいてつくづく思うのは、テレビや新聞を含めてノンフィクションの作り手が生み出す高校野球の物語って、本当にごく一部、ごく一面でしかないんだなということなんです。 以前、早見さんに「甲子園を恨んでいる人のほうが多いに決まってるじゃないですか」と言われて、ハッとしたんですよね。 僕らが主に取材対象者としている人たちって、甲子園に出た人だし、もっといえばレギュラーがほとんどなんですよ。そう考えると、われわれは高校野球の何を見てきたんだろうというジレンマが湧いてくるんです。 たとえば試合後、ミックスゾーンで待機しているけど、誰も話を聞きにこない背番号ふたケタの選手や、背番号すらついていない選手たちのほうに本当の物語はあるんじゃないかなと思ったり。 『ひゃくはち』は、まさにそうだったわけですよね。『アルプス席の母』での、高校生の母を描くという発想もノンフィクションではありえないのかなという気がしてしまいました。 早見 『アルプス席の母』を書くにあたって、甲子園に出場経験のある全国の高校球児のお母さん方、20人ぐらいにインタビューをしたんです。ひとつひとつのエピソードは本当におもしろかったんですが、それをリアルなインタビュー集としてまとめても、何かを生み出せそうなイメージは持てませんでした。それこそ『熱闘甲子園』的というか、記号的な母と子の物語として捉えられてしまいそうな気がして。 中村 そこはノンフィクションの壁というか、難しさですよね。 早見 中村さんと話していると結局、この話になってしまうんですけど、高校野球の世界の人たちって、ゆるやかに、でも、みんなちゃんと洗脳されている感じがするんです。 こういう質問をされたら、こういう答え方をする。こういう問題が生じたら、こう解決する。そんな正解めいたものが確固としてあって、みんなそれにすごく忠実で。選手や指導者たちだけじゃなく、親もそうなんです。 これはぜんぜん悪口じゃないんですけど、大きな意味では、中村さんもその洗脳の中にいる人だと僕は思っていました。でも、ここ数年は、中村さん自身に「自分は洗脳されているのではないか」という自覚が芽生えてきて、そこにすごく苦悩している感じがしていました。 その結果、出てきたのが今回、中村さんが出版された対談集『高校野球と人権』だったんだろうなと捉えています。ここには高校野球への逡巡がすごくちりばめられていて。「これまで丸刈りに疑問を抱いたこともなかった」という言葉も、まるで懺悔のように読めてしまいました。
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