ホウキの乗りかた
今最も注目されるフレッシュな文筆家・伊藤亜和さんのエッセイ連載がCREA WEBでスタート。幼い頃から魔女という存在に憧れていた伊藤さんが紡ぐ、都会で才能をふるって生きる“現代の魔女”たちのドラマティックな物語にどうぞご期待ください。 空を飛ぶ夢を見た。 私は雲一つない真っ青な空の下、ホウキにまたがって、大海原の上を飛んでいた。空を飛ぼうとする夢は今までも何度か見たような気がするが、こんなに上手く飛べたのははじめてだった。大きく緩やかにカーブを描きながら海の上を進み、耳には風を切る心地よい音が通り過ぎていく。いつもはやたらと気になってしきりに指先で触っている前髪。それが風のせいであられもなく吹き上げられているというのに、夢のなかの私はそれを気にするようすもない。まるで、子どもの頃に凹凸のない滑らかで大きな坂を自転車で下っていたときのような気持ちよさだった。私は優しく体を温める太陽に向かって顔を上げ、そして大きく深呼吸をした。 どうやら私は、少し先に見える小さな島を目指しているらしい。どうして島を目指しているのかはわからない。ただ、その島以外に降り立つことができそうな場所はどこにもなく、そこを目指す以外、他に選択肢もないようだった。ホウキで飛ぶには少しコツがいる。宙に浮き続けるには「私は飛べる」と、疑いなく信じ続けなければならない。私はこれまでの夢で何度もそれに失敗して、屋根の上からよろよろと畑の上に不時着したり、ビル群のあいだでバランスを崩して窓に衝突したりした。今回も気を抜けば、たちまち海に落ちてしまうに違いない。私はホウキの柄を強く握りなおして、飛び続けることに集中した。 私はずっと、魔女になりたいと思っていた。10月に生まれた私の周りには、いつも「死」を連想させるような不気味なキャラクターや、おそろしい映画、アニメがあった。毎年誕生日に両親に連れて行ってもらっていたディズニーランドが、いつも決まってハロウィン仕様だったことの影響は大きい。年にいちどの特別な時間をハロウィンのなかで過ごしたことにより、私のなかで「楽しい」や「嬉しい」という感情が「魔女」とか「おばけ」と、ぴったりくっついてしまったのだと思う。家では海外のホーンテッドマンションのビデオを擦り切れるまで見ていたし、恋という言葉を覚えるより先に、ジャック・スケリントンに恋をした。小学生になったころにはハリー・ポッターが大流行して、私と同じ誕生日の母は美しく、黒い服ばかりを着ていた。母はときどき髪にかんざしのようなものを挿していた。幼稚園くらいの私が「どうやってつけるの」と聞いたとき、母が「頭にブスッと刺すんだよ」と言ったものだから、私はひどく驚いて、母はなんて我慢強いんだろうと感心したのを憶えている。私にとっての魔女は、母の姿をしていた。背が高く痩せていて色白で、黒い服、切り揃えられた前髪の、長い黒髪。 いつも派手な色のパーカーにジーンズを着せられ、天然パーマで色黒の私は母の出で立ちには程遠く、自分でお金を稼げるようになってからは、それに近づくように買うものを選び取った。色白にはなれなかったけど、私の今の姿はずいぶん、あのころの母に似ている。大人になっても魔女へのあこがれは消えず、USJで高い杖を買って大学で見せびらかしたりした。たしかスネイプ先生の杖だったが、部室に置いておいたら、いつのまにか失くしてしまった。 お金をかけて、姿かたちが理想の魔女に近づいても、肝心の魔法はいつまでたっても使えなかった。プラスチックの杖をもって赤坂の劇場へ行っても、私は結局、座席から舞台を観ている観客にしかなれないし、雑貨屋でおもちゃの魔導書を買ったって、中身はぜんぶでたらめだった。私が魔法を使えるようになる日はおそらく来ない。「十分に発達した科学は魔法と見分けがつかない」とクラークは言ったが、私が欲しい魔法はたぶん、そういうものではない。私が欲しい魔法は、それより不確かで、理不尽で、個性的なものなのだと思う。私が夢のなかで飛ぶことができたのは、それが夢だと解っていたからである。この現実世界では、ホウキにまたがって屋根の上から飛び降りることなんて、試してみようとも思わない。「私は飛べる」なんて、疑いようもなく信じることは、現実の私にはとてもできない。 けれど、魔法のないこの世界にも魔女はいる。魔女と呼ばれることはできるし、魔女を名乗ることはできる。Wikipediaの「魔女」の項目には、「超自然的な力で人畜に害を及ぼすとされた人間、または妖術を行使する者のことを指す」とあるが、実際はその限りではない。魔法が存在しないこの世界において魔女と呼ばれる女たちは、得体のしれない力を感じさせる女のこと。それは美貌であったり、身体の能力だったり、佇まいだったりする。たいていは孤独で、気難しい女のことを、人はそう呼んだりするのだ。私はたいていひとりぼっちで、気難しいかはわからないが、面倒くさい女だとは思う。私は魔法の才能こそなかったが、魔女になる素質はあるのかもしれない。