パワハラ問題でフェアになったレスリング選考方法。熾烈な50キロ級覇者は?
序盤のペースは全日本王者でアジア大会代表の入江が握っていた。 片足タックルを2回、それぞれ2点ずつを得て、4-0で第1ピリオドを終えていた。前回、須崎に勝ったときも、片足タックルを軸に決勝へと歩みを進めた。須崎も苦手だと公言して警戒する入江の得意技だ。 気になったのは、片足タックルから続けて寝技のローリングをかけ連続得点を狙ったが、守り切られて無得点に終わったことだ。とはいえ、得意技で点をとって無失点。明治杯では須崎にフォールされて2位に終わったが、今回は入江が勝つのか、女子50kg級の争いは熾烈だなと思わされた。 ところが、30秒のインターバルを終えて第2ピリオドが始まると、入江の組み手が思うように流れなくなった。一方の須崎は、足がよく動き間合いを詰め、組み手から揺さぶりをかける。もう一度、得意の片足タックルで得点を奪おうと入江が動いたが、「これ以上とられたらいけないと必死で足を取りに行った」という須崎に逆に2点を献上する結果となった。4-2でまだ入江がリードしていたが、これ以降、ステップが前ではなく後ろへ下がるような場面が増えてゆく。 そして残り25秒にバッティングから須崎に1点が入り、冒頭で須崎が振り返ったようにタックルで逆転。左右に揺れていた勝負の天秤は須崎へ傾いて終わった。 「絶対に世界選手権で連覇をして、東京オリンピックへ繋げたいと思っていたので本当に嬉しいです。世界を連覇して、今年12月から始まる東京オリンピック予選にいい形で臨みたいです」 高校3年生で世界チャンピオンになったとき、須崎が想像した2020年東京への道は、いま体験していることより順風満帆なものだったはずだ。18歳から2020年東京五輪を迎える21歳まで、女王であり続けると信じていただろう。ところが、世界選手権からわずか4ヶ月後、12月の天皇杯全日本選手権で入江に敗れた。3位に終わったためアジア選手権やアジア大会の代表選考対象から外れ、日本で開催された国別対抗団体戦ワールドカップのチームにも選ばれなかった。 代わりに出場したスウェーデンでのクリッパン女子国際大会では、決勝でロンドン・リオデジャネイロ五輪銀のスタドニク(アゼルバイジャン)と対戦し、接戦を制して優勝した。銀メダリストに勝ったことは「自信にはなりました」と言うが、「日本での試合のほうが、厳しいと思っています」ととらえている。 実際、女子50kg級には須崎と入江だけでなく、強豪選手がそろっている。金メダリストの登坂や、昨年のU23の女子53kg級世界王者の五十嵐未帆(至学館大)、ジュニア世界王者の加賀田葵夏(青山学院大)など力のある個性豊かな選手の名前が次々とあがる。このほかに、現在は、まだ16、17歳の選手が、かつての須崎のように今後、急成長する可能性も高い。 日本の女子50kg級は、世界で最も厳しい代表争いが東京五輪まで続きそうである。 今回のフェアな選考方法への回帰は選手のモチベーションを高めたようにも見えた。 同日、行われた女子65kg級のプレーオフで勝利し、世界選手権代表に決まった源平彩南(至学館大)は、初めての代表選手への喜びについて問われたとき、晴れ晴れとした笑顔で答えた。 「いろいろなことがあったけれど、私にできることは、正々堂々と戦って、勝って、代表に選ばれることだと思っていました。だから、勝てて世界選手権代表に決まったことが、本当に嬉しい」 自分にできることは何なのか。これほど考えさせられたことは今までにない数ヶ月間を過ごしたのだろう。 その答えを、源平は試合で表現してみせた。 代表選考方法とその告知は、日本レスリング協会という組織が指摘を受けた改善点のひとつだ。問題はいまだ山積みされた状態だが、ガバナンス改善の歩みが、これからも続くことを心から願う。 (文責・横森綾/フリーライター)