水溜りボンド・カンタが映像制作会社を立ち上げた理由 10年間「映像とプラットフォーム」に向き合い続けたクリエイターの“創作論”
今年10月で結成10周年を迎える2人組動画クリエイター・水溜りボンド。コンビとしても400万人超えのYouTube登録者を抱える日本有数のトップクリエイターであり、これまでテレビにラジオにと活躍の場をプラットフォームの外側へと広げてきた。 【写真】水溜りボンド・カンタの撮り下ろしカット その水溜りボンドにおけるブレーン的役割のカンタは、動画クリエイター以外にも「佐藤寛太」名義でミュージックビデオ(以下、MV)などの映像監督として活躍。直近では青山学院150周年の記念映像で監督を務めたほか、今夏リリース予定の縦型ショートドラマアプリ『SWIPEDRAMA』でもオリジナル映像を手掛けている。 個人YouTubeチャンネル「カンタの大冒険【人間】」の登録者も開設から3年で130万人を突破するなど、プラットフォーム・創作形態の垣根を超えて活躍するカンタ。リアルサウンドテックでは、そんな彼に“動画クリエイター・映像作家”としての創作論について掘り下げるインタビューを実施。10年間「映像とプラットフォーム」に向き合い続けた彼ならではのスタンスや、映像制作会社を設立した背景、“YouTuber”であることへの誇りと負い目などについて、過去に例を見ないほど、たっぷりと語ってもらった。 ・水溜りボンドのカンタと映像作家・佐藤寛太の棲み分け ーーかつて室井雅也さんの「ヒロインは君で」「季節のグルーヴ」のMVで監督をした際にインタビューをしました。初めてMV監督をしたことで「果てしなさ」を感じたり、周りのクリエイターからいい反応をもらえたりしたと話していました。以降もいろんなMVや映像作品を手掛けていますが、動画クリエイターである水溜りボンドのカンタと、映像作家・佐藤寛太の棲み分けは、そこからどのように変化していると考えますか? カンタ:僕のなかでは棲み分けというものは変わってないつもりで。佐藤寛太という人格がいて、それが生きてきた過程で水溜りボンドのカンタになっているだけなので。まだ水溜りボンドを始める前の「佐藤寛太」はTwitter(現:X)のフォロワーなんて500人くらいでしたけど、カンタとして活動するなかで、いまは100万人を超える方にフォローしていただいて、普通じゃないことも経験できて、すごく成長をさせてもらいました。ただ、それと同時に佐藤寛太も自分自身なので、色んな経験を積んで、大変なことも乗り越えてパワーアップしているわけです。別物というよりも「光が強くなったら影も濃くなる」くらいの感覚ですね。 でも、ある時期は友だちに色々言われていました……。昔はテレビ番組の話とか、そういうなんでもないことを話していたのですが、YouTubeの活動がすごく上り調子だったときは、口を開けばYouTubeのことばかり言っていて。そのときは「おい、カタカナカンタが出てきてるぞ!」と注意されたり(笑)。 ーー登録者がうなぎ登りだった時期は、それこそ身も心もYouTube漬けだったんでしょうね。 カンタ:普通に就職しようと思っていたなかでYouTuberになって、人生を失敗するわけにはいかないし、毎日目の前で「あなたはこの仕事を続けられるか」を採点されている感じで、それに飲まれちゃってそうなっていたんだと思います。でも、それを経験できたことで、自分のなかで本当に重要な感覚や表現したいものが固まっていったので、今となってはいい経験でした。 ・映像会社設立の背景にあった「YouTuberとしての不安」と「30代のワクワク」 ーーキャリアを重ねて表現するものが変わっていくなかで、創作することへの向き合い方は変化していますか? カンタ:間違いなく変化しています。多くの再生数を得るということは、たくさんの人に好かれたり見てもらうことなので、よりいろんなものを好きであったり知識があった方がいいですよね。それもあって、キャリアの最初のほうは自分自身の個性ともいうべき嫌いなものを極力削って大多数のほうに寄せていくようにしていましたが、それを重要視して色んなことをOKしすぎたり、色んな人に合わせすぎたり、だんだん特徴のないものになってしまって。ポップカルチャーであることは重要だと思っているんですが、その戦いってプレイヤーが多いうえに、ゴールがなくて無限に道が続いていく、一番しんどいルートなんですよね。 そんな道を10年歩いてきたからこそ、ある程度どっしり構えて新しい流行りを取り入れつつ、自分にしかできないことを考えてコンセプトを統一していくことの重要性を、最近になって結構考えるようになりました。 ーーある意味、1周も2周も回ったがゆえの変化でしょうね。カンタさんのなかで結論は出たのでしょうか。 カンタ:YouTuberを10年間やってきた人って、結局なにができるようになって、どういう能力が本当に付いたのかなんて、歴史も浅いぶん誰も知らないし、それを言語化して語れる人がそもそも少ないんです。再生数が取れると言っても、自分のセルフプロデュースが上手なのか、他人のプロデュースもできるのかもわからない。巷ではSNSに詳しいという人もたくさん出てきているなかで、その人たちより果たして自分が本当にできるのかも分からない。そういう意味で自分自身の30代にすごく興味があって、昨年から映像会社を立ち上げたんです。 ーーそうなんですか!? 初耳です。 カンタ:こういう場では初めて言いました(取材時期は6月中旬)。まさかこのタイミングで取材をしていただくと思っていなかったので驚いているんですが、「Arks株式会社」という会社を立ち上げて、スタジオや作業場を作りました。立ち上げたといっても、僕は社長をやりたくないので、ずっと一緒にやってきたタクローという男に任せています。 タクローはコムドットが登録者500人くらいのときに、リーダーのやまとと知り合って、他メンバーも含めて全員をご飯連れていったりと面倒を見ていた男で。僕から聞いた知識も彼らに伝えていたので、実はコムドットと僕らって、昔からうっすら関係性があるんです。 ーー初めて聞くエピソードが続きますね……。会社を立ち上げた背景について、もう少し詳しく伺ってもいいですか? カンタ:僕自身、実はそこまで表に出たいという人でもなくて。YouTubeを顔出しで始めたのもなりゆきでしたし、自分が作ったものを楽しんでもらうのはすごく嬉しいんですけど、YouTuberのなかで同じような価値観のクリエイターが意外といなくて。みんな映像編集もできるしカメラも触っているんですけど、どちらかといえばビジネスやアパレルなどの分野に進出する人が多くて、映画やMV、音楽の話が通じる人が少ないんです。逆にその話で盛り上がれるのは映像関係の人たちやカメラマン・照明の人たちが多かったりして。自分は裏方という言葉があまり好きではないのですが、やはりそちらの気質なのかなと感じることが年々増えてきたものの、YouTuberという肩書きで、映像業界の方に認めてもらえるかどうかも不安で。 ーーカンタさんはもとより個人でMVも一定数撮っている方だったので、YouTuberであることによって“映像業界”の本職の人ではないと思われる怖さがあるというのは意外でした。 カンタ:その根底には「YouTuberがなんとなくMVを撮りました、みたいに捉えてほしくなかった」という思いがありますね。MVを撮り始めた当時は、自分たちの話題性も含めても、少し引きがあって、表に出てはいないものの、あるメジャーアーティストさんから「MV撮影をお願いしたいのですが、どうですか?」というお話も実際にありました。ただ、その座組を聞いたときに、どうも客寄せパンダ的な消費のされ方をしている気がして。自分がそれに乗ってしまうと、本当にやりたいことなのに違った見られ方をしちゃうなと思ったんです。 YouTuberという仕事って、肯定されきらない感覚を持ち続ける職業だと思うんですよ。歴史が浅いから「これが仕事です」というのもはばかられるので。どれだけ稼いでいても「それって仕事なの?」とか「遊んで稼げていいよね」みたいなことを言われたりして。 ーー以前より風向きが変わった気はしますが、まだその雰囲気自体は少し残っていますよね……。 カンタ:そうなんです。いろんな方とYouTubeでコラボレーションしても、どこか一方通行な気もしていて。 ーー対等に1人のアーティストとクリエイターとして仕事がしたい、と。 カンタ:そうですね。とはいえ先ほど挙げたお話も別に対等に扱われてなかったわけではないんですけど、僕がいなくても成立するような状況になっちゃうのは、自分にとっても相手にとっても、そういうつもりはなくともリスペクトを欠いてしまう瞬間があるような気がして。それに、自分で大きな現場もそこまで経験できていなかったので、自分たちで映像制作の会社を作って挑戦してみることにしました。 ーーなるほど。すごく納得しました。 カンタ:YouTubeを突き詰めた20代があって、30代になってまだ挑戦ができるというのは、自分のなかでは「こんなに楽しいことはない!」とワクワクしています。絶対にその経験もYouTubeに必ず活きてくると思いますし、この振り幅が水溜りボンドをより面白くするのは間違いないので。今回のようにチームを作って、段取りを理解して、ひとつずつ積み重なっていったなかで挑みたいと思っています。 ーー直近で会社として動いたお仕事はあるのでしょうか? カンタ:先日公開になった青山学院150周年の記念映像は、Arksの面々を中心に、同世代でやってるカメラマンや映像クリエイターと組んで撮りました。この仕事は、僕が青山学院大学の学生だった時代に僕が学校で編集してるのを大学の先生が見てくれていて、お話をいただいたものだったんです。こうして映像で恩返しできることに繋がったのは嬉しいですし、結果的に学生さんが250人くらい関わってくれた大規模な映像になりました。 ーー250名ですか! 制作はかなり大変だったのでは? カンタ:幼稚舎の子から大学生の方まで、すべての世代の学生さんに出てもらっているぶん、飽きさせないためのコミュニケーションはすごく重要だと感じました。カメラに向かって走ってくるシーンとかあるんですけど、子どもたちがカメラを通り越して走りすぎちゃったりして、ちょうどいい距離に行ってほしいことを伝えるために、どういうふうに伝えようかと悩んだり、学生さんの眩しさを近くで感じて、自分の学生時代を思い返してみたり、中学生のところに行って挨拶したら「うわー、水溜りボンドのカンタさんだ!」と喜んでもらえたりして。YouTuberとしての自分が誇らしく思えたり、この学校で育ったことを嬉しく感じたりと、すごく自分に自信が持てた仕事になりました。 ・「編集の虎の巻」を作って2時間プレゼン……カンタが“良い動画”の価値観を共有するうえで心がけたこと ーーカンタさんやArksが今後目指していく方向性については、どんなクリエイターさんや映像制作会社をロールモデルとしているのでしょうか。 カンタ:最初に浮かんだのはkoeの関和亮さんですね。僕自身も大好きな監督ですし、実際に色々と教わりに行っていた時期もあるんです。秋山黄色くんの「サーチライト」で監督を務めたときも、同じくkoeの須貝日東史さんに入っていただいて、編集まわりを見てもらっていました。MVの監督については、2年前くらいから自分のチームを作って撮ろうと決めてからは、関さんに再び会いに行って、さまざまなことを教えてもらいましたし、背中を押してもらいました。 あと、おこがましくはあるんですが、スタジオジブリに関しては、本を読んだり展覧会に行ったりして、すごく憧れている存在です。映画を撮るにあたって、当時はすごく小さな会社だったジブリがあんなに大ヒットを連発するまでの過程を知ると、すごく緻密に計算されているところがたくさんあって。普通のクリエイターの数十年の人生では到達できない領域まで一気に駆け抜けていったのは、そのクリエイティブとビジネスの両立と、それを成り立たせた熱量がすごいと思うんです。スタジオジブリになりたいというわけではなく、あの精神は持っていたいんですよね。 ーーありがとうございます。少し話題は変わりますが、ここ数年の活動といえば、個人チャンネル「カンタの大冒険【人間】」の登録者が130万人(6月時点)を超えたことがハイライトだと思います。一人での撮影や「ふーごん」チャンネルの制作など、このチャンネルのなかでも新たなトライをしていましたが、その背景などについても伺いたいです。 カンタ:個人チャンネルに改めて力を入れたきっかけは、先ほどお話しした映像制作会社とも関連があって。ちゃんと会社として動くからには、YouTube上の映像制作で一つの成果を出す必要があると考えて、チームのみんなに協力してもらいながら「100万人の登録者を持つ映像部門を1年で作る」という目標のもと動いていました。僕たちは映像の知識がすごくあったり、現場をいっぱいこなしてるわけじゃないけど、確実にSNSでバズることについては尖っているし、そこを映像の領域としてやっているチームは、海外にはいるものの、日本でやっている人たちはほとんどいないなと思ったので、そこを一度自分たちでやってみようかなと。 ーーそしてショート動画を中心に投稿を重ねたところ、大幅に登録者を伸ばし、短期間で結果を残しました。ショート動画といえば海外での再生数が多い印象で、実際にノンバーバルな表現も多いですが、このあたりはどうなのでしょうか? カンタ:言語の縛りのない動画は作っていて、実際に海外の方にも一定数見ていただいています。一番再生されたのがデカキンさんとの動画で2.5億再生くらい(※取材時の6月中旬現在)ですが、デカキンさんは街中を歩いていて海外の方に話しかけられることもあるみたいで(笑)。 一方で日本のユーザーさんも多いのがこのチャンネルの特徴だと思います。先ほどの動画は日本の方だけでも数千万回見ていただいてますし、最初に日本の方に一定数見ていただいて、そこから海外でヒットして、逆輸入的に日本でも見られるという形を戦略的に作ることができました。 ーー狙ってそういう動画を作り、実際に登録者も目標の期間で想定以上に伸ばす。改めてですがすごいことですよね。 カンタ:ありがとうございます。自分たちのなかでは今年のうちに会社の設立を発表するところまで来れたのは奇跡的だなと思っていて。登録者が100万人に乗る前提で動いていたものの、達成できるかどうかは未知数でしたし、その一歩目を踏み外したら先はないと言っていたので本当に嬉しいですし、結果的にチーム全体にすごく技術がついたと思っています。 YouTubeって100人組手みたいというか、むちゃくちゃ日々再生数と向き合わなければいけないですし、見られなかったものはこの世に存在していないのと同じ評価になってしまう。検索する人もほとんどいなくなって、最初の10人の評判が悪ければ、僕のファンの方であっても自分のフィードに出てこない。すごくシビアな世界なのですが、そこを自分たちのチームで年間を通して向き合ったことは、今後の映像制作にとってもすごくプラスになると思っています。 ーー見られる動画・バズる動画のノウハウのようなものを、体系化して伝えることができたと。 カンタ:感覚的に自分のなかでの良い・悪いはあったんですけど、企画も編集も再生数も最終的なところは僕が見ていたので、言語化して伝えるというのはあまりやってこなかったんです。だから、すごく職人というか、頑固親父みたいになってしまっていたところはあります。当時の自分はそれすら気づいていなくて「なんかここの間が違うんだよな」と自分で全部修正していたのですが、今回の個人チャンネルの運営では「なんで間が違うのか」「なぜ高い効果音を多用してはいけないのか」といったことを編集の虎の巻みたいにして資料を作って、みんなに2時間かけてプレゼンをしました。 ーー言語化をして伝えることで、自分のなかで「こんなことを考えていたのか」という新たな気づきもあったのでは? カンタ:それはすごくありました。大きいものだと、先ほども挙げた「高い効果音の多用」ですね。実際に他のYouTuberさんもあまり使っていなかったので、改めて理由を考えてみたんですが、「声の高さと帯域がぶつかってしまうから」だったんです。逆に低い音のほうが締まった感じもあって好みだったんですよ。ただ、それを伝えずに「この音はやめて欲しい」とだけ伝えると、違う高い音に変わってしまう。使うにしても、声と被らないようにして使わないといけないというのを、HIKAKINさんの動画を実際に見せながら話したりして。そういった色々な項目を話しつつ、最終的には「結果的に面白かったらいいから全部覆してもいい」と話しました。 ーーその“管理したいところ”と“想定外であってほしいところ”のバランスは、とても難しいですよね。 カンタ:僕自身、企画と撮影というYouTubeにおける60~70%のウエイトを担う部分を担当していて。テレビだと部署が分かれることを一人でやってるからこんがらがってしまったんだと思います。本来、企画をしている人は、撮影をする人に「想像よりも面白いのを撮ってきて」と渡して、その想定を超えたら編集もサクサクいくけど、超えなかったら頭を悩ませながら編集をシビアにやっていくわけです。 でも、編集をお願いする人にとっては、僕の撮影した動画が企画を超えたか超えてないかなんて知らないので、ある時は編集のボーダーラインがゆるいのに、ある時はシビアだったりするわけです。そこがスタッフからするとなぜ?と思うところだったみたいなのですが、自分の考え方を言語化して伝えることができたので、その後はいい雰囲気で仕事ができましたし、自分がいかにそれをやってきていなかったかに気づきました。 ・竹中貞人、白組・野島達司……世に出つつある才能たちとの意外な繋がり ーーその段階に30代前半で至るのは、とても素晴らしいことだと思います……。最近のお仕事に話を戻すと、縦型ショートドラマアプリ『SWIPEDRAMA』でのオリジナル作品制作も発表していますね。こちらは竹中貞人監督(AOI biotope)とタッグを組んだ作品ということですが。 カンタ:竹中さんは「TSUTAYA CREATORS' PROGRAM 2022」で最優秀賞を取って、全国でロードショーする規模の監督なのですが、実はもう5~6年くらい、ずっと動画のテロップ打ちの手伝いをしてもらっているんです。 ーー「盟友」と告知していたのはそういうことだったんですね! (参考:https://x.com/kantamizutamari/status/1780551107246530918) カンタ:そうなんです。映像業界って名前が売れれば仕事が入ってきますが、その前段階って結構苦しいじゃないですか。僕から最初に話したときは少し躊躇いがあったみたいなんですけど、僕と話して誤解が解けたあとは「一緒にやっていきたいです」と言ってくれて。やっぱり多く再生されるチャンネルの編集をすることで、色んな人に見られているという空気感は絶対に味わえると思いますし。毎日投稿みたいなことも一緒に経験してたメンバーが30代になって1人のクリエイターとして結果が出てきたのは、すごく自分としても嬉しいです。 ーー横並びだったり、一緒にやってた人たちと違った形で仕事ができるのは嬉しいですよね。 カンタ:それでいうと、白組の野島達司くんもそうですね。かなり昔から一緒に映像を作っていて、かつては水溜りボンドのドッキリ動画の編集もやってくれたりしていたんですよ。無人島で鯨が出てくる動画を作ってもらっていたんですが、家に招いて「水で家がバーンとなるのを作って欲しい」とリクエストしたんですが、当時の野島くんの技術だと難しくて、「またいつかやろう」という話になったんですよ。野島くんとしてはそれがすごく悔しかったみたいで、そこからメキメキ力をつけて、気づいたら『ゴジラ-1.0』ですごい水のエフェクトを作って、オスカーで視覚効果賞を獲ってるという(笑)。 ーー世界的な“液体のスペシャリスト”になる人の飛躍のきっかけになっていたと。 カンタ:それは言い過ぎです! YouTuberは20代で成功する人も多いですけど、映像業界は30代から出てくる人がほとんどなので、先に僕らが世に出たのですが、これからどんどん関係性のある同世代が評価されてくると思うと、本当に楽しみですね。 ーー20代で先に成功して、そのタイミングで同世代をフックアップし、30代になってから対等な立場でお仕事をする、というのは本当に理想的な形ですね。ちなみに『SWIPEDRAMA』で挑戦するのは縦型ショートドラマになるわけですが、カンタさんがこの領域をどう捉えているのか知りたいです。 カンタ:普通のドラマを作るという話であれば、テレビドラマを作っている方と違ってノウハウもないので、OKしなかったと思うんですよ。ただ、ショート動画はこれまで自分たちもたくさん作ってきたし、一緒にやってきた竹中さんと僕がそれぞれの道の真ん中で出会うとしたら、縦型のドラマだなと思ったんです。結果的に、その延長線上に横スクリーンのドラマのお仕事があると嬉しいんですが、一旦は自分の領域から遠すぎないところにある業界だった、という感覚ですね。 ーーそうして既存の映像業界とSNSを中心とした動画クリエイターが混ざっているのが、縦型ショートドラマの領域で起こってる面白い現象ですよね。 カンタ:そうなんです。僕自身、来年~再来年にかけて、これまでよりも縦型のドラマ作品はすごく伸びると思っています。 ・10年間結果を出し続けられたのは「リサーチを徹底」してきたから ーー『SWIPEDRAMA』もそうですが、新たなプラットフォームが出るたびにルールが変わり、それに対して自分のクリエイティブが変わる、という経験をこれまで数々されてきたと思います。その度に考えをアップデートして、すぐに適応するために意識していることはありますか? カンタ:僕の場合、かなりしっかりリサーチはしますね。それが100%正しいかどうかはわかりませんが、自分がこれまで上手くいってきたのは、数字にすごく向き合うことでストライクゾーンがハッキリと見えてきて、そこに対してストレートを投げるか、カーブを挟んでみるか、スレスレを狙うか、フォームを変えるかを研究して実践してきたから。高速球だけ投げてると打たれ始めますし、150kmの球をずっと投げ続けるのってロボットの仕事というか、AIでもできることだと思うんですよね。人間味を感じないというか。僕自身そういう時期があって、スランプに入ったこともあるので言えることですが、人間って本当に複雑な生き物なので、そこを踏まえたうえで変化をつけていかないといけないし、それを楽しんでやることがすごく大事だと思います。 ーーそのルールや仕組みを理解したうえで「楽しんでやる」ことが大事だというのが、カンタさんらしいですね。先ほどストライクゾーンの話をしましたが、リサーチをしてゾーンがわかっていても、そこに投げ分けれるコントロールがあることが、カンタさんのすごいところだと思うんです。 カンタ:ありがとうございます。コントロールもそうですし、2ストライク取れてるから1球くらい遊び球を投げてみようとか、そういう余裕が出てきたのも大きいと思います。別に野球をやってたわけでもないので、野球の例えで話してて不安になってきたんですけど……合ってます?(笑) ーー大丈夫です(笑)。遊び球を投げれるようになったというのは、ある意味キャリアのなせる技ですし、色んなやり方・関わり方で結果を出してきたからこその領域な気がします。 カンタ:ただ、次も同じようにできるかと言われると不安になるので、次こそは同じことが通用しないと思って、毎回リサーチを徹底しています。 ーーそこに驕りがないのが、10年間結果を出し続けられた理由なのかもしれませんね。今後の活動についても言える範囲で教えてください。 カンタ:それに関してはすごくシンプルで。水溜りボンドでずっと編集してくれてたチームと一緒にやっているんですが、30歳~50歳と彼らの給料をちゃんと払い続けたり、給料を上げることって、これまでは自分の出来高にかかりすぎていたんです。みんなはそれでいいって言ってくれるんですが、それは僕には辛いんですよね。背負うものが重すぎるというか。案件がきたときに、自分がそこまで興味がなくて断ろうと思っていたんですけど、結婚したスタッフのことが頭にチラついて「あいつらのためにもやってみよう」と思うようになったり。自分としては整合性が取れているものの、ファンの方からは問題なく見えているのか心配になることもあるんです。 そういうこともあって、YouTube活動以外でしっかりとした収入があって、そのうえでYouTubeの活動を誠実に楽しくできることが、みんなにとっても自分にとってもプラスになると考えたんです。自分が社長じゃないぶん、作ることに関しては全力でサポートもするし、彼らの給料を映像会社で稼ぐことがスタッフにとっての安定でもあるし、そこが盛り上がれば給料もどんどん上がっていく。水溜りボンドに依存する形が間違いじゃなくても、いろんなYouTuberがさらに出てきて再生数を割っていく時代には間違いなく入ってきているので、その中でもちゃんと生活を担保した上で活動していけるように、自分たちが楽しめる道を選んだという感じです。実際に1年弱その方向で活動していて、心の健康は非常にいい状態なんですよ。 ーーこれまでよりも消耗しなくなった? カンタ:そうですね。これまでは自分が先頭を走って、後ろをサポートしてもらっている感覚だったんですけど、最近はみんなで並走して、僕が時たまサポートに回るという形にしているんです。表には出していないのですが、最近はほかのYouTubeチャンネルの運営やSNSのお手伝いみたいなこともやっています。自分たちのノウハウを実践できるうえ、これまで見えなかったものも見えるので面白いんですが、お仕事をご一緒する前に必ず「絶対に成功するわけではない」とはお伝えしています。 ーーそれが一番信頼したくなるんですよね。「絶対できます」という人は信頼できないですから(笑)。 カンタ:ありがとうございます(笑)。絶対にバズらせられるなら、日本中の企業がすごいことになっちゃいますからね。それでも僕らとやりたいと言ってくださるなら、培ってきた経験を総動員しますよ。 ・東海オンエアは「臭ぇラーメン」みたいなもの ーー最後に、カンタさんがここから目指す短期的な目標はありますか? カンタ:個人チャンネルについては、これからも見られる動画を定期的に作っていけるとは思うのですが、そのなかでも“価値のある映像”をどんどん作っていきたいなと思っています。ショート動画って、決まったアルゴリズムをハックしちゃえば何でもバズるような仕組みになってしまっているからこそ、その日に「面白かった」で消費し終わるコンテンツが大半なんです。 だから、長い目で見て誰かの人生にとって価値がある一本を、突き詰めて作っていく必要があると思っていて。登録者が200万人~300万人と上がっていくにつれて、よりそこに向き合っていくつもりです。そのうえで、やらないこととやるべきことをちゃんと決めておく必要があると思っていて。 ーー「やらないこと」と「やるべきこと」ですか。 カンタ:東海オンエアの動画を例に挙げるとわかりやすいかもしれません。彼らって、ずっと登録者が伸び続けてたわけじゃないんですよね。だからこそ、昔から今まで「同じことをずっとやっている」という特殊なヤバさがあるというか。僕は「臭ぇラーメン」みたいなものだと思っています。 ーーすごい例えですけど、わかる気もします。 カンタ:「いい匂いじゃないんですけど、だからこそなんかいい」みたいな感覚で、それがクセになっている人たちが「あそこに行ったら、絶対にあの味のラーメンが食べれる」とわかっていて訪れている感じというか。メンバーのなかでは特にとしみつと仲良くしているんですが、話していると確実にブレない芯のようなものを感じるんです。 たとえば、「コラボで誰かを出した方が、再生数は取れるんじゃない?」と試しに聞いてみると「理由がないと出せない」と言うんですよ。「企画として面白くなるから出すけど、俺らは数字は追えないんだよね」って。これは別にとしみつが格好つけているわけではなくて、そういう価値観が全員のなかに共通認識として備わっているのが素敵ですよね。だからこそ、ファンは誰がゲストであろうと信頼して動画を見れると思うので。 ーーめちゃくちゃいい話ですね。 カンタ:逆説的に言うと、メジャーになっていったり、ポップカルチャーのシーンに入っていくにつれて、YouTuberってコラボを含めて色んなブーストをかけがちなんですよ。それを一個入れたら劇薬になって、再生回数も登録者数もバーンと跳ねることはあるんですが、どこかで反動がくることもあるというのを、10年見てきて気がつきました。いまYouTubeでコラボしてる人がそこまで多くないのは、クリエイターたちがそれを認識したからなんだと思います。たくさんコラボすることによって繁栄させる時期は必要だけど、結局ベースができてるぶんしかその上には乗り続けてくれない。 ーー目先の数字を追いすぎてフォームを崩してしまうというのは、どこの世界にもありがちなことだと思います。 カンタ:ただ、面白いのは元カリスマブラザーズのメンバーと話してると、彼らのなかでは「目先の数字も追うべきときはあった」と言うんですよ。プライドがあるがゆえに迎合しないでいすぎたせいで、そっちでドカーンと行くクリエイターたちに離された感覚があったと。それらの話を合わせて考えると、流行りに乗るのがダサいとかじゃなくて、乗り方がどうかっていう話なんだと思うんです。100%体重を預けるのか、少しだけ乗せるのか。それをファンの人たちが「いいね」と思ってくれるかどうかというのが、そのクリエイターの技量であって、なにも考えずに同じことをやるのとは全く意味合いが異なってくるし、結果的に他のクリエイターとの差別化にも繋がると思います。 ーーさすが10年選手。さまざまな知見がロジカルに蓄積されていて、とても勉強になりました。 カンタ:ありがとうございます。できるなら10年前に戻って「いかに幹を太くするか、大きな基盤をしっかり築くかが大事で、それが10年やっていく秘訣だ」って、昔の自分にこっそり教えてあげたいです(笑)。
中村拓海