大学を準主席で卒業、キャリアウーマンを夢見るも今は田舎の主婦…それでも手に入れた翼【コラム】
2024年4月1日から9月27日。NHK連続テレビ小説『虎に翼』が放送された。『虎に翼』は、日本初の女性弁護士である三淵嘉子さんをモデルにした作品である。大正生まれのヒロイン・トラちゃんこと寅子(ともこ)が、弁護士・裁判官などの仕事を通して、昭和を駆け抜けていく物語だ。 私は放送開始の2日前に長女を出産したばかりで、産後の体を休める中で、YouTubeにアップされていた『虎に翼』のオープニング映像を見た。 少し異様だ、と感じた。 映像の中盤は、ヒロイン・寅子を描いたアニメーションがくるくると回りながら、期待に胸を膨らませたり、何かを失い悲し気な顔をして天を見つめている表情が描かれる。しかし、サビに入ると、寅子を中心に十数名の女性たちが共に踊っている。 その女性たちは多様な服装をしており、女学生、カフェーの女給、戦時下のもんぺ姿の女性、「君の名は」のマチコ巻きの女性、ギャル、白衣の女医、看護師、パンツスーツの会社員など… どうして、大正生まれ・昭和育ち・法律の世界に生きる女性のドラマのオープニング映像で、様々な時代や立場の女性が共に踊っているのか。それも、「その時代に生きる、名もなき女性たち」が。 私は、現在2児の母親である。2歳の長男と生後半年の娘の子育てをしている、どこにでもいる、夫の扶養に入っている主婦である。 「普段は何をしていますか?」と聞かれると「ただの主婦です」と答えることが増えた。 今までは、半分謙遜だった。 学生の時の夢は、教師か研究者か女優。教員免許を取るために勉強をしながら、社会学部の研究に明け暮れ、講義の後や週末は舞台に出演したり、ドラマの撮影に通う日々はとても楽しく、充実していた。悩み抜いてどの夢も諦めた22歳の秋には、「絶対にキャリアウーマンになる」と再び胸を踊らせていた。そこそこ偏差値の高い大学を準首席で卒業し、卒業論文も表彰され、「自分にしかできない何かを見つけたい」とワクワクしながら地元へUターン就職をした。「私は何者かになれる」と根拠のない希望で胸を膨らませていた。 しかし、その夢も5年ほどで断たれることになる。27歳で結婚し、夫の実家に住むことになり、婚家から近い会社へ転職してしばらくした頃、病気で倒れ数ヶ月の入院を余儀なくされた。仕事も辞めざるを得なくなり、退院後も病院に通いながら療養生活を送っていた。また社会に戻れることを望みながらも、なかなかうまくいかない。数ヶ月後、健康が戻ってきた頃に転職活動を始めたが、そこで思いがけないことが発覚した。 「お腹に赤ちゃんがいる」ということだった。 復職を諦め、手元に届いたのは被扶養者用の保険証。夫の扶養に入り、毎日家事をしながら生活を支える専業主婦となった。 専業主婦は立派な仕事だ。しかし、家事が苦手で、お金の計算が苦手な私には上手に勤まらなかった。前職を病気で退職する直前に「使えない」と言われたことも心を蝕むのには十分過ぎた。赤ちゃんは健康に大きくなり、毎回健診では褒められるが、反比例して自分への自信がどんどんなくなっていく。 「あの頃はキラキラしていたなぁ」 社会と繋がり働いている友人が羨ましかった。自分の手でお金を稼げる人が眩しかった。30歳手前となると起業をしている友人もいた。社会と共に生きる女性たちに目が潰れそうになり、彼女らと比べて自分の存在価値を見失っていった。はたから見れば「20代で結婚し、優しい旦那さんにも元気な赤ちゃんにも恵まれ、幸せじゃないか」と思われるだろう。確かに幸せではある。その幸せを幸せと思えないまま、しばらく日々を過ごしていた。 息子を出産し、慣れない子育ての中で小さな喜びを見つけながら、立て続けに第二子の娘を妊娠。「社会と繋がりたいから」と、合間に「エキセントリックカレッジ」に参加し、様々な出会いと刺激を受けたが、秋頃から切迫流産によりしばらく講義に行けない日が続いた。 「なんて無力なんだろう」 「みんなはキラキラしてる」 「私なんてただの主婦」 「結局私は、家庭でしか居場所がない」 仲間たちの活躍を喜びつつも、学びをアウトプットできないモヤモヤを抱えたまま、閉講式にも出席できず、仲間に直接別れも告げられず。運営の方も仲間たちもたくさんよくしてくれたというのに、悔しいことに不完全燃焼だと感じた。 まだ「何者かになれるだろうか」と淡い期待を持ってはいたが、一番大切なのは目の前にいる可愛い我が子だった。あたたかい体をたくさん抱きしめながら、気分転換にテレビをつけた。連続テレビ小説『虎に翼』が放送されていた。 「弁護士の女性のサクセスストーリーのはずなのに、時代も立場もバラバラの女性たちが踊っている」オープニングに驚き、そして登場人物たちの描かれ方に惹き込まれていく。 「あ、これ。私だ」 お茶の間の女性の共感をさらったであろうキャラクター。法律の世界に飛び込むヒロイン・寅子を一番近くで見てきた親友・花江だ。花江は、寅子の兄の妻であり、寅子とは親友であり義姉妹でもある。彼女は進んで家庭に入り、「お嫁さん」という立場に幸せを感じつつも葛藤しながら生きている。 花江自身も女学校で学んでいた「エリート女子」であり、大正生まれの女性にしては珍しく英語も話せるほどだ。しかし、後の夫・直道に恋し、学歴を捨て、自ら望んで「お嫁さん」となる。自分から望んで進む道を決めたところは、寅子も花江も同じだ。途中で「トラちゃんにはお嫁に来た人の気持ちなんてわからないわよ」「おかあさま(直道・寅子の母)が褒めてくれないのが嫌」と怒ったり泣いたりしながら。 戦争が終わり、花江は最愛の夫を亡くした。喪失感に苛まれる中で、新憲法13条幸福追求権を読んだ寅子から「みんなの幸せは何?」と問われる。花江の答えは「家族の幸せな顔を見ること」だった。 二度目の「あ、これ。私だ」が出た。 エキセントリックカレッジで社会と繋がり、様々な魅力や価値観を持った仲間と出会う中で、「母親である自分」「妻である自分」の立場から物事を考えていたことを思い出した。 どんなにつらいことがあっても息子の笑顔で帳消しになり、娘の成長の1ミリでも大きな喜びになっていることに、今更ながら気づいたのだ。 なんだ、「ただの主婦」「名もなき母親」でもいいじゃないか。 十分幸せだ。 この2年間ほど、過去の自分や周囲と比べて、焦燥感に駆られて自分を不幸にし、自分に翼はないと感じていたのは私自身だった。 『虎に翼』では、寅子が家庭裁判所を発足し、裁判官となって多忙を極めてからも、家庭面・精神面で彼女を支え続けた。時には娘を顧みない寅子に怒り、心配しながらも、「トラちゃん」を見守り続けた。ドラマのクライマックスで、寅子が初の女性裁判長になったことを伝えた相手は、花江だった。寅子が法曹の世界を歩き続けられたのは、花江がいたからだったのだ。 「女性の社会進出」「若者の挑戦」が盛んになっている福井県。本当に素晴らしいことだ。 しかしそこには誰かの支えが必ずある。 今、私は家族の幸せを噛み締めながら、誰かを支える生き方をしている。 エキセントリックカレッジで出会った仲間の言葉で「発信している人だけが偉いんじゃないよ」ということを思い出した。 「何者にもなれなくても」「特別な何かになれなくても」誰かと関わっているのなら、きっと誰かを支えている。 私は、片田舎に住むただの主婦だ。名もなき母親だ。 愛する夫と可愛い子どもたちに囲まれ、彼ら彼女らの笑顔が心の栄養だ。そんな生き方だって十分に肯定できるものだ。つまらない人生では決してない。 今は家族との幸せを思い切り噛み締めよう。しかし、たまには家族に支えられ、自分の時間を持って、昔の自分に立ち戻り、好奇心に身を任せて何かにチャレンジしてみるのもありだろう。長い人生だ。子育て・社会生活・仕事の中で「自分の人生の幸せ」を少しずつ探していきたい。(emi) × × × 【ゆるパブコラム】一般社団法人ゆるパブリック(略称:ゆるパブ、2015年福井に設立)の発信の場として始まったコラムコーナー。福井の若者や学生、公務員、起業家、経営者、研究者などあらゆる立場の人が、さまざまな視点から福井のまちの「パブリック」に迫ります。