小山茉美、声の芝居は「毎回必死なんです」 中村健治も驚いた役に対する“誠実さ”
「できない人には居場所はない」という歌山の言葉の真意とは
ーー本作は歌山がいる大奥に、アサとカメという新人の女中がやって来て、それぞれに大奥での仕事や人間関係の難しさに直面する、という展開です。こうしたストーリーは最初から構想していたのですか? 中村:最初におおまかなストーリーを作って、そこからどんどんと変えていく、というよりも深めていく作業を、絵コンテと同時にしていました。作っているうちに、人物が勝手に動いてそうなった、みたいな部分も実は結構あります。計算して作っているというよりは、目の前で起こってしまうことを受け入れて、何とか帳尻を合わせてまとめていこう、みたいなことの方が大きかったです。 小山:本当ですか? 中村:本当に本当です。映画の中でカメが手をバーッと上げて歌山がイラっとするようなシーンも、その場面に至らなければ分からなかったことでした。歌山がひたすらにカメを無視しているということも、そこから分かります。こいつはダメだと感じて。 ――反対にアサの方は優秀で、歌山にも気に入られて出世していきます。こうした対比には、現代の働く人たちを象徴しているのでしょうか? 中村:どちらかというと普遍的なものだと思います。どの時代にもああいう人たちがいて、今もいる。ひょっとしたらこれからもいるだろうということです。 ――「できない人には居場所はない」という歌山の言葉も、ビジネスの世界ではある意味当然だということですね。 中村:それはあります。ありますが、そういう子も良いものを持っている。ただそれが見えるかどうかということで、歌山には見ている余裕がなかったのです。大奥に入ってきて捨てるものをすべて捨ててしまった人。そんな歌山に誰がした? 世の中だろう? そんな感じです。 小山:だから私に来たんだ(笑) 中村:いやいやいや。ただ、歌山は本当に難しいと思います。一見シンプルな人になってしまいがちなんですよ。それが僕はすごく嫌だったんです。この人がやっぱり悪いんでしょう、といった人が実はそうではない。それでも防ぎようがなくて「どうしたら良かったんだ」と思い悩んでしまうような世界で生きているので、あまり責めないであげてほしいです。罪を憎んで人を憎まずということなんですよ。 ーー歌山という人物にもそうした深さがあります。 中村:歌山はひらすらカメを無視していて、実は一言も喋っていないんです。映画を観ていても、もしかしたら気づかないかもしれませんが、本当に一言も喋ってない。そういうところに歌山の、本当にお勤めが大事で、そこにカメの甘い夢なんていうのはただの甘えだと思っているところが出ています。自分に厳しくて周りにも厳しくて、それで孤独になってしまいそうな人。そこにアサという自分のことをわかってくれるかもしれない子が現れたということで、歌山のお芝居が少しずつ優しくなっていくんです。 小山:北川に対してもそうしたところがあったのかもしれませんね。「北川」と名前を呼ぶシーンがあるのですが、どうしてそういう言い方をしたかは自分では全然わかっていないんです。愛していたのでしょうね。 ーー北川とはアサの前任として大奥の御祐筆を務めていた女性ですね。 中村:歌山は北川がどうなったのかを、はっきりとは分かっていないかもしれませんが、ひょっとしたら……といった感じのことは心の片隅に思っていて、それをおおっぴらにすると大奥にとっては良くないので、触れたくても触れられないけれど、実は気にしている。そうした感じがあの一言にとても入っていると思いました。歌山は自分の柔らかいところをほんのちょっとだけ出す、というような声音がとても良いんです。オフィシャルからプライベートにちょっと揺れる感じ。それでいて他の人と喋っている時はカチッとしていて、薬売りが相手でもカチッとしている。 ――アサを演じたのは黒沢ともよさん、カメは悠木碧さん、北川は花澤香菜さんで、いずれも相当に長いキャリアを持った方々です。そうした方々が声を吹き込まれた『劇場版モノノ怪 唐傘』を改めて観て、いかがですか? 小山:生きてますよね、皆 。 中村:アニメーションの仕事柄、どうしても“キャラクター”という言葉を使いたくなるのですが、スタッフには「これは人物だよ、この人は本当にいるんだよ」と言っています。記号ではなくて、生きている。そう考えて演出もしなければ駄目だという話をよくしています。平面的にフレームの中に存在していて、誰を見ているかもわからないでポツンと立ってる人がいるのは、僕は許さないタイプです。そういう意味で声優さんにも思い入れがあって、それは自分ができない仕事をされているということもあるのですが、やはり声優の方によって“命が入った”感じがするんです。役者さんが声を入れてくれた瞬間、ダルマに目が描かれたような。命の火がともる。僕はそれがたまらなくて、アフレコが大好きなんです。 小山:面白いですよね。 中村:はい。だからめちゃくちゃ好きです。ワインは熟成してあるものが空気に触れて初めて味が決まるところがあります。アニメも、熟成という意味では絵もそうですし演出もそうなりますが、そこに役者さんの持ってる魅力、人としての魅力が乗らなければ良い味は出てこないのではないかと思ってます。 小山:普通のドラマツルギーにあるような、起承転結があって、悪者がいて良いものがこうされて、最後こうなりますよ、という作品ではないんです。あとは、和紙のテクスチャにカラフルな錦絵のような背景があって、その中で人物が生きているようなところがあり、本当に不思議な作品だと思います。アニメというよりもアートですよね。アートの世界だと私は思いました。よいしょじゃないですよ。 中村:こんなに小山さんに理解されてて、幸せの絶頂にいます。皆さんひとり一人がスキルや人生を持ち寄った上に、その時々のコンディションとかいろんなものが合わさって、作品に深みが出てくると思います。そして小山さんのお芝居。そこから僕らが学ぶことがすごくありました。とても感謝しています。 ーー最後にこの『劇場版モノノ怪 唐傘』のどこに注目してほしいかを聞かせてください。 小山:衝撃的な作品です。アニメーションの好きな方以外にも、ぜひ一度観ていただきたいです。こういった世界があるんだっていうところで、かなり衝撃を持って観ていただける作品だと思っています。あの世界をくまなく感じていただくためにも、大きなスクリーンで観てくださいね。 中村:作品としては結構奥行きを作ってありますし、作り手が用意した答えが正解でもないので、観た人がご自身で何かを感じていただければと思います。観る人の人生にちょっとだけおせっかいをかけているようなところもあります。そこも楽しんでいただければと思います。 ーー映像的にも見どころたっぷりです。 中村:雲の動きを観てほしいですね。線でくくられた浮世絵みたいなものがずっと動いてますから。あとは音楽ですね。セリフやカットが切り替わるタイミングに合わせて作曲していただいているので。特にエピローグは、アイナ・ジ・エンドさんが歌う「Love Sick」のデモ曲を待ってから作りました。エピローグからそこに繋がるように劇伴を作りましょうということで曲を待って、曲調や歌詞の感じが分かってから岩崎琢さんが作曲しました。そういったやりとりが多くあった作品です。普段は遠くにいる人たちが、ひとつの方向に向かって協力し合っていったところがありました。僕が命令しているわけではないです。みんなが勝手にやってくれて、そういう人たちが奇跡的に集まった作品なので、観ていて楽しいと思います。 小山:最後のエンドロールを観た時にすごく感動しました。あの人数の多さから、ものすごい人たちの想いや力が結集した作品だということをビシビシと感じました。
タニグチリウイチ