宮沢氷魚が見たロンドンのガブリエル・シャネル展
秋に開幕するや否やチケットが完売した、英・ロンドンで開催中の「ガブリエル・シャネル展Manifeste de mode」。東京に続き展覧会を体験した宮沢氷魚が新たに発見したこととは? 【写真を見る】ロンドンに訪れた宮沢氷魚
近年の美術館で行われるファッション展ブームの火付け役ともなったのは、昨年、三菱一号館美術館(東京・丸の内)で開催された「ガブリエル・シャネル展Manifeste de mode」だろう。2020年のパリに始まったガブリエル・シャネルの回顧展は、メルボルン、東京を経て、この秋からロンドンのヴィクトリア&アルバート美術館(以下、V&A)で行われている。一度展示すると3年は休ませなければならないという繊細な物も存在するため、各地で披露される作品は異なる。ロンドンでは、V&Aが所蔵するものも含め、200を超える品々が登場し、東京を上回るスケールとなった。 シャネルとイギリスとの関係は、長く、そして深い。ガブリエルは、1927年にロンドンでサロンを開き、イギリスの顧客への服作りを始めている。また英国産の生地も早くから取り入れ、現地の繊維メーカーと直接取引するために、1930年代にはイギリス支社を設立した。振り返ってみれば、ガブリエルが愛し、そして彼女のクリエイションに影響を与えた人物にもイギリス人が多い。シャネルの第二の故郷ともいえる地で行われる展覧会を訪れた宮沢氷魚に、その見所を聞いた。 展覧会のオープニングを飾ったセーラーカラーのブラウスは1916年に発表された。当時下着の素材として使われていたウールジャージーに着目したガブリエルは、より軽くなめらかなシルクジャージーの生地を用い、漁師たちのプルオーバーをモチーフにデザインした。2023年春夏コレクションでは、ヴィルジニー・ヴィアールがこの作品にインスパイアされたアイテムを発表。 ──宮沢さんは、東京での展覧会の際にオーディオガイドも務めるなど、この展覧会を知り尽くしているかと思われますが、V&Aでの展示はいかがでしたか? 圧巻でした。場所が変わると雰囲気も見せ方も変わるだろうから、絶対見たいと思っていたのですが、全く異なる楽しみ方ができました。三菱(一号館美術館)は、会場のスケールがそんなに大きくない分、作品との距離が近く、一つ一つとじっくり向き合うことができました。対して、博物館自体の規模も大きいV&Aは、展示室にも大小があり、小さな展示室を回ってゆくと、突如大きな空間が現れ、ダイナミックなインスタレーションが展開するなど、展示のメリハリがあります。 ──特に印象深かった展示は? シャネルのスーツが展示された部屋に圧倒されましたね。空間に入った途端に、うわっとなって。50着以上のシャネルのスーツが2段にわたって空間を取り囲むように展示されているのですが、一つ一つの存在感に圧倒されました。展示されているものはすべてオートクチュールで作られたものなので、同じものは二つとありません。着用された人は、どういうシチュエーションで身に着けたのか。どういう体つきだったのか。着用した人の思い、作り手の思い、様々なストーリーが服から伝わってきて、想像が広がりました。この部屋だけで軽く1時間はいられますね。 ──シャネルのスーツのバリエーションにも驚かされますよね。 ガブリエルが常に新しいものに挑戦していたのは素晴らしいことですが、それができたのも、過去のベースとなる作品があったからこそだと思います。紡がれてきた歴史を体全体で感じ、吸収することができました。この場所に居合わせるのも、この瞬間にしかないことです。1分1秒を大切な時間に感じました。 ──宮沢さんもオープニングを記念して行われたガラ・ディナーでシャネルのジャケットを着用されました。 ディナーで色々な方に褒められました(笑)。みなさん、ガラ・ディナーのような社交の場に慣れていて、気軽に話しかけてくるんです。シャネルの服は、着た時に自分に自信を持たせてくれるもの。着用した自分を好きになれるというか、胸を張って歩きたい気持ちになれる。誰にも後押ししてくれる1着というのがあると思いますが、僕にとってシャネルのジャケットはそれです。 ──展示では何か新たな発見はありましたか? シャネルとイギリスの関係を掘り下げたセクションが新鮮でした。ガブリエルが、1930年代からイギリスのテキスタイルを使用していたのは知りませんでした。ツイード生地もスコットランド製なんですね。世界から様々なものを取り入れ制作したからこそ、グローバルな作品が生み出されたのではないでしょうか。色々なところに出かけ、人と出会い、インプットを得て、そこに彼女のエネルギーを注ぐことで、インプットを超えたアウトプットを生み出せたのだと思います。 ──宮沢さんは、ロンドンで舞台も見たと伺いましたが、今回の展示でもガブリエルが手がけた舞台衣装が展示されています。 『青列車』ですよね。衣装にこだわる作品は、見え方が違うし、舞台に立つ側も気持ちが変わります。以前、『マームとジプシー』という演劇カンパニーの舞台に出演しましたが、衣装はすべて手作りなんです。制作に時間もかかるし大変だけど、衣装を大切に着たい、観てもらいたいという気持ちが高まり、キャラクターへの理解も深まりました。衣装はエンターテイメントにとって大事な要素なので、それをガブリエルも手がけていたというのは、舞台に立つ人間としても嬉しいことです。 ──宮沢さんにとってガブリエル・シャネルはどのような存在ですか? 自分の基盤ともいえる存在です。常に新しいもの、刺激を求め続けた彼女の姿勢は見習いたい。ガブリエルは、たくさんの挫折があっても乗り越え、そしてその生きてきた証を作品として残しました。彼女ほど格好良くは生きられないけれど、少しでもそんな生き方ができたらと思います。彼女はシャイな人だったと聞いているので、僕らが知らないこともたくさんあるでしょう。社交的な人だけれど、すべてをさらけ出してはいなかった。でもそうした彼女の心の中にしまっていたことが、作品を見るとそこに散りばめられている気がします。彼女が残したものから学べることはたくさんあります。すでに亡くなっているという感じがしないんですよね。どこかにいるような気がするし、多分いると思う(笑)。そう思わせる人です。 ■宮沢氷魚 俳優。1994年生まれ、米国・サンフランシスコ生まれ。近作に映画『エゴイスト』など。2025年のNHK大河ドラマ『べらぼう ~蔦重栄華乃夢噺(つたじゅうえいがのゆめばなし)~』に出演予定。シャネルのフレグランス&ビューティおよびウォッチ&ファインジュエリーのアンバサダーを務める。 会期:~2024年2月23日 会場:Victoria & Albert Museum The Sainsbury Gallery Cromwell Road London, SW7 2RL https://www.vam.ac.uk/exhibitions/gabrielle-chanel-fashion-manifesto
編集と文・石田潤(GQ)