「ドル高」が株式市場や実体経済にネガティブな理由 トランプ大統領誕生で株式相場は上昇したが… 崔真淑
トランプ前大統領がアメリカ大統領選挙で勝利を収め、株式相場は上昇、為替はドル高へと動いています。この背景にあるのは、トランプ氏が行おうとしている経済政策や減税への期待、それによってインフレが加速すると考えられているためです。言い換えると、インフレとなれば、アメリカの中央銀行であるFRB(連邦準備制度理事会)が政策金利を引き上げざるをえなくなり、そのためドル金利が上昇し、ドル高になるというストーリーを想起する投資家が多いということでしょう。しかし、こうした考えには、いくつかモヤッとするポイントがあります。 【写真】「またトラ」で分断深刻化 トランプ氏が激戦州全て制する圧勝 現地で何が起きたのか トランプ氏がアメリカ経済を活性化させることで、ドル高が加速した場合、その影響はアメリカ経済だけにとどまりません。中国・ロシアなどによるBRICSの躍進で、ドルの基軸通貨としての地位は低下すると言われてはいるものの、2022年時点の外為市場のドルシェアは40%を超えており、貿易決済の多くがドルで行われています。 ■1年後に1.9%減少 トランプ氏は、ドル高はアメリカの輸出製造業にネガティブに働くと主張しており、ドル高を毛嫌いしています。こうした輸出製造業へのネガティブな影響は、貿易だけでなく、国内でもドルが主流の通貨となっている新興国でも起こることが先行研究で報告されています。 例えば、 2023年に発表されたIMFの報告書によると、ドルの価値が10%上昇すると、新興国の国内総生産(GDP)は1年後に1.9%減少します。先進国への影響はそれより少ないものの、それでもGDPは0.6%減少すると報告されています。こうしたドル高によるネガティブな影響は、新興国では2年半、先進国では1年間持続する傾向があるとも試算されており、ドル高が進行する場合は、株式市場にもネガティブな影響が出てくるかもしれません。
もう一つ忘れてはいけないのは、多くの新興国は信頼度の高い通貨を持ち合わせていないので、ドル建てで海外から資金調達をする傾向があるということです。ドル建てで借り入れを行っているがドルの収入源を持たない国や企業にとって、ドル高とドル金利の上昇は、彼らの債務負担を膨らませ、利息コストを増加させるのは自明です。 つまり、アメリカの高金利とドル高の組み合わせは、世界の他の地域への投資を魅力的でなくします。このような局面では投資マネーは新興国から流出する傾向があります。もちろん、過去のアジア金融危機の時と違い、ASEANやBRICS諸国を中心に潤沢な外貨を持ち合わせてはいます。 とはいえ、これ以上のドル高傾向は、世界的に株式市場や実体経済のリスクになりうるのは押さえておいて損はないでしょう。 ■再びぶり返すリスク ここまでは、トランプ大統領誕生でインフレになることを前提に考察しましたが、そのストーリーも不確実性が伴います。というのも、彼は大統領就任でロシア・ウクライナ戦争を1日で終わらせると豪語しています。戦争終結は、石油などの資源価格の沈静化に影響すると考えられ、米国だけでなく世界中のインフレを抑制するかもしれません。その場合、米ドル高はどこまで続くでしょうか? ただし、その場合もインフレは一時的には収まるものの、再びぶり返すリスクはあると筆者は考えています。戦争が終結する場合は、ロシアが占領しているウクライナ領土をロシアに引き渡すことで収まると考えられます。こうなった場合、「常任理事国は侵略戦争をしてもお咎めなし」という前例と認識される可能性があります。そうなれば、中国はどんな行動をするのか?
株式市場には、「遠くの戦争は買い」という不謹慎な相場格言がありますが、近くで戦争が起きたら、どうなるのか? 朝鮮戦争の時代と違い、日本にも危機が迫る可能性も想起させます。ちなみに、トランプ氏の当選で軍需関連銘柄の一部は20%近く上昇するものもありました。軍事、そして核シェアの話は出るのか……。 平和が一番ですが、有事のインフレが起こらないことを祈るばかりです。
崔 真淑