今まで誰も気づかなかった…世界的に有名な蝶の「はね」に隠された驚きの「新事実」
「液体」が入っていた!
ミドリタテハとアサギドクチョウは、別々のグループに分類されているが、お互い似ていて鮮やかなグリーン色の模様の翅を持っている。そして、そのグリーンの正体は鱗粉の色素や構造、翅の薄膜の色ではなく、なんと薄膜内に保有されている液体! グリーンの液体が翅の中に入っているわけだ。 エッ、あの蝶の薄い翅の中に液体? ビックリだ! そして詳しく調べてみると翅のグリーン領域とその他の領域の薄膜の構造がハッキリと違っていた。当たり前と言えば当たり前のことなんだが……ふつうなら蝶の翅の中には大量の液体が入っているわけがないのだから。 グリーン以外の領域では、クチクラの上部と下部は互いに付着している(通常の蝶の翅と同じだ)が、グリーン領域では、グリーン液が内部に保有され、その周りを取り囲むように生きた細胞膜が存在する。通常、蝶や他の昆虫の翅の中には生きた細胞の膜は広がっていない。分かりやすく言うと、クチクラの薄膜とその内側の上皮細胞組織が、上と下でグリーン液をサンドイッチしていることになる(翅の薄膜の略図)。 薄膜と内側の上皮細胞組織自体は透明から半透明で、その領域には鱗粉がなかったり透明に近いパール色のものが少量並んでいたりするだけなので、中のグリーン液が外から見えて、翅のグリーン領域の模様が表現されているのである。そしてグリーン液の色素分析では、成分がカロテノイド系のルテイン(主に黄色)とビリン系のもの(主に青)との混合であることが判明した。「黄色+青=緑」と言うことだ。
「グリーン液」が生きた細胞膜に包まれているワケ
なぜグリーン液が生きた上皮細胞の組織膜で包まれているのか? ここでのキーワードが「鮮やかなグリーン」である。一般的に蝶で鮮やかなグリーン色を放つものは、鱗粉の色素によるものではなく、鱗粉の表面や層のマイクロ~ナノ構造によるメタリックな構造色(光の干渉によるもの)である。 でもミドリタテハとアサギドクチョウの鮮やかなグリーンは液体の中の色素によるもの。じつはグリーン液を構成しているカロテノイド系の色素のルテインは熱や光に弱く、酸化し変色しやすいことがわかっている。おそらく生きた細胞膜に包まれていることで、ルテイン色素を酸化ストレスから守っているのであろう。観察からは、細胞が死んだ時点から翅の色の変化が起こっているかに見えた。そして古い乾燥標本には色が抜けて青っぽくなっているものが多い(アサギドクチョウと和名を付けた人も標本を見てのことだろう)。現に構造色でない緑色をした昆虫たちが死ぬと色が抜けたように黄色っぽい淡い茶に変色する。細胞が生きていないと、緑色の色素の劣化が猛スピードで起こるようだ。鮮やかなブルーの昆虫たちの多くも青い色素ではなく、構造色で「きらびやかブルー」を表現しているのには、このような理由があるからなのだろう(例えばジャングルの宝石と呼ばれるモルフォチョウやミドリシジミ)。 このグリーン液には他にも特徴的とも言える性質がある。それは、「速乾性」と「凝固性」だ。グリーン液は空気に触れると1~2秒で乾燥して固体へと変化する。あっという間だ。これと言ってニオイは感じない。死んで乾いた標本を顕微鏡でくまなく確認していくと、グリーン領域の一部がやぶれ、液が漏れ出て固まった痕を確認することができる。スグに固まることで大量の液漏れを防ぐことができる。ある意味、止血のような仕組みだ。だが、この揮発性の高い液自体の分析はしていないので、成分の内容が気になるところである。