WBA世界ミドル級王者村田諒太の公開練習を視察した敵陣営はそこで一言「プレッシャーを再確認した」
村田の練習を熱心にチェックしていたバトラー陣営のジャン・フランソワ・バージェロン・トレーナー(46)は、「試合が決まったときから想定していた通りだ。プレッシャーをかけてくるいい選手であることを再確認した。コンディションの良さも期待通りだ。五輪金メダリストで世界チャンプになるような選手だから万全だろう」と感想を語った。 そして自信満々に「村田のどのパンチも強いのはわかっている。村田が会見で言ったようにミドル級の選手はパンチがあるもの。我々もハードパンチを持っている。とてもいい試合になるんじゃないか」と続けた。 村田は、バトラーが足を使うことを想定していることを知らされると、「村田がどう考えているかわからないが、私たちは私たちの作戦をやるだけ。足を使うか、使わないか。詳しく言えない」と、はぐらかした。 村田が何もできずに王座から陥落した昨年10月のロブ・ブラントとの第1戦は、バトラーからすれば「絶好の攻略見本」になるはずだが、「他の対戦相手の試合を見て作戦を決めたわけではない。バトラーの力を最大限に生かす作戦を練った。過去の対戦は参考にしてない」と否定した。WBOの1位にまでランキングされたボクサーのプライドだろう。 もし村田が7月のブラントとの再戦で2ラウンドTKO勝利したように1ラウンドから積極的に勝負を仕掛ければ、早期KO決着の可能性も十分にある。 だが、村田は「あの試合はブラントが出てきたからそうなっただけで、最初から殴り合いになるかどうかは相手の出方次第」という。 この防衛戦が決まった際、村田はモチベーションの話をしていた。ブラントとの再戦は負けたら引退の崖っぷちマッチであり、リベンジというぶれないテーマがあった。だが、その前の試合は、「勝てば東京ドームでゲンナジー・ゴロフキン戦」というビッグプランが内定しており、先張りを見て足元をすくわれた苦い失敗があった。今回の防衛戦を「次へのステップ」と考えてしまうと、また、どこかにスキが生まれる。心の持ちようが難しい試合ではある。 決戦10日前にして村田の心は整っていた。 「(この試合で)世界へアピールしたいというような気持ちはない。大きな野望は重要じゃない。この一戦にかけないとダメ。ブラントの一戦目では、夢とか、ドームとか言って(対策、準備の)中身がなくて負けている。妄想ばかり見て足元を見ていなかった。今回は中身をつめた。同じ轍を踏まないように集中したい」 12月7日には、WBAは暫定王座決定戦を行い、クリス・ユーバンク・ジュニア(30、英国)が王者となった。これでスーパー王者のサウル”カネロ”アルバレス(29、メキシコ)を含めてWBAのベルトは3つになった。乱立するタイトルの中で村田は、正規王座の価値を高める必要があるが、そういう”邪念”も頭の中にはない。 「興行の世界で暫定が出てくるのはしょうがないし、この流れは今に始まったことではない。僕が止められるものでもない。プロはニーズ。アマチュアは参加すればいいが、プロは興行的な価値、ニーズがあるか、どうか。世界的なニーズがあれば戦う。だが、そこにモチベーションが向かっているかと言えばそうではない」 己との内なる戦いの果てにたどり着いた境地なのだろう。プロとして、バトラーに勝つための作業、準備にとことん集中することで、それが結果としてモチベーションにつながればいい。 会見では、今春から幼稚園へ通い始めた娘から「頑張って」と書かれた手紙をもらったというエピソードも口にした。 「字も絵も上手になってきてね。娘も息子も学校でインフルエンザが流行しているので会えないですが、それを力に変えて試合にぶつけたい」 単身ホテル暮らしを続けている世界最激戦区ミドル級のチャンピオンは、その一瞬だけ、二児のパパの顔になった。 (文責・本郷陽一/論スポ、スポーツタイムズ通信社)