〈斎藤幸平〉「ハウスがあってもホームがない人々」の社会復帰までに寄り添う“伴走型”の支援―北九州NPO法人「抱樸」の挑戦
血縁ではない新しい「家族」の姿
当初、「野宿者が集まる施設」に対して、地域では治安などへの懸念から反対運動もあったという。それでも近隣住民を粘り強く説得し、地域清掃などのボランティアもしながら、だんだんと受け入れられてきたそうだ。この日、話を聞いた元野宿者の方も、今では仲間たちと互助会を作って、その世話人を務めるほど、社会復帰を果たしていた。「抱樸」の人たちとカラオケ大会や運動会を企画したり、互助会レターを発行したり、楽しそうなのだ。 そして、度肝をぬかれたのが、現在進行形の「希望のまちプロジェクト」だ。費用の額の大きさも、めざす理想の高さも―。あらゆる人がお互いに助ける側にも、助けられる側にもなれる場所をめざすというのだ。 プロジェクトの総額は約13億円。まず、施設の用地として、もともと特定危険指定暴力団・工藤會の事務所があった場所を「抱樸」が、企業から買い上げた。著名な建築家がデザインする建物は4階建てで、1階にはおしゃれなレストランやコワーキングスペース、シェアキッチンなどが入り、障害のある子どもたちの放課後デイサービスも行う。 そして2・3階を困窮している人のための救護施設にするという計画だ。北九州の人々がここを日常的に訪れ、支援者・被支援者という立場を超えてお互いに交流するような場所を作り出そうとしているのである。地域コーディネイト室やボランティアセンターも置く予定だ。みんなの「ホーム」が、2025年にできあがる。 このような野宿者支援にとどまらない取り組みの背景には、「ハウスがあってもホームがないという状況が日本全体に広まっている」という奥田さんの危機感がある。子どもの貧困、ヤングケアラー、単身世帯の非正規労働者など、社会的孤立の問題は、いまやどこにでもあるからだ。 この新たな問題は、家族にも会社にも、行政にも対処できない領域だ。〈私〉と〈公〉では対応できずに、広がるばかりの空白を埋めるのが〈コモン〉なのだ。「抱樸」のような下からの「自治」の取り組みが、行政や市民を巻き込んで地域共生社会を作ることにつながっていく。 それは一方通行の支援・被支援というトップダウン型の関係ではないと、奥田さんは強調する。そこには、支援者たちも支えられ、学び、変わっていくというプロセスを見てきた「抱樸」の歴史がある。 支援者のカップルの結婚式に支援者も被支援者もみんなが参加して、祝ったり、被支援者が亡くなられた後は、みんなでお葬式をしたり。血縁ではない新しい「家族」の姿―「家族機能の社会化」―は、今より大きなスケールになろうとしている。 「希望のまちプロジェクト」の話を聞いて、これが「斜め」の関係なのかもしれないと、ふと思った。この誰もが「助けて」と言える空間が、〈コモン〉と「自治」の基礎であり、「抱樸」の挑戦は、新しい社会に向けた第一歩になるかもしれない。 文/斎藤幸平 写真/shutterstock
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