トランプもバイデンも、日本製鉄のUSスチール買収に反対...日本が思い出すべき、かつての「身勝手」
<トランプによるUSスチール買収反対には選挙対策ではない面も。こうした動きの背景にはアメリカの通商政策と世論の変化がある>【加谷珪一(経済評論家)】
トランプ前米大統領が、日本製鉄によるUSスチールの買収に断固反対の意思を表明したことが波紋を呼んでいる。日本はこれまで自由なアメリカ市場をフル活用し、輸出や現地法人の設立、企業買収などを通じて事業拡大を進めてきたが、経済のブロック化が進むなか、今後、こうしたスキームが取りづらくなる可能性が高まっている。 【動画】トランプ前大統領、選挙演説での「異様な容貌」に支持者の怒りが殺到...「メイク担当者をクビにしろ!」 日本製鉄はアメリカの伝統ある製鉄会社USスチールの買収を試みている。アメリカでの製鉄業は以前から斜陽産業と見なされており、買収はスムーズに進むと思われていたが、トランプ氏再選の可能性が急浮上したことで状況が変わってきた。 トランプ氏は通商政策に関しては極端に保護主義的であり、中国からの輸入に対して60%の関税をかけ、日本など友好国からの輸入にもやはり10%の関税を課す方針といわれる。当然のことながら外国企業による買収も否定的だ。 ■トランプだけでなくバイデンも買収に反対 選挙対策の過激発言という面は否定できないが、100%そうとは言い切れないところにこの問題の厄介さがある。大統領の座を争うことになるであろう現職のバイデン氏も同社買収に強く反対しており、自国中心主義、保護主義は党派を超えた動きとなりつつある。この動きは日本にとって決して無視できない流れといえる。 戦後の日本経済はアメリカの自由貿易主義に支えられてきたと言っても過言ではない。昭和から平成にかけて日本企業は安価な工業製品をアメリカに大量輸出し外貨を稼いできた。日本の輸出攻勢によって多くのアメリカ企業が倒産し労働者は職を失ったが、それでもアメリカは自由貿易をやめなかった。時代が変わっても、現地法人への出資や買収などを通じてアメリカ市場でビジネスをすることは、相変わらず日本企業の基本戦略となっており、トヨタのような製造業は、北米市場を失えば致命的な打撃となる。 日本はアメリカの自由貿易主義の恩恵を受け、好きなだけモノを売ることができたわけだが、この状況について日本側がどれだけ客観的に認識できていたのかはかなり疑わしい。日本社会は企業のリストラに極めて否定的であり、終身雇用を守るのが当然だという論調が大勢を占めていた。企業買収にも否定的で、特に海外からの買収に対して「乗っ取り」「ハゲタカ」などと罵るケースも珍しくなかった。 ■日本人にとって当たり前の行動をアメリカ人も だが日本企業が海外に進出するとなると全く論調が変わり、アメリカの企業を買収することや、買収後にリストラを行って利益を上げることは、むしろ高く評価されていたというのが現実だ。 こうした、ある種、片務的な関係が持続していたのも全てはアメリカが自由貿易主義だったからである。しかしここ10年でアメリカの世論は大きく変わった。日本社会と同様、外国企業が自国で商売をしたり、企業の売り買いをすることに強いアレルギーを示すようになった。今回の一連の反応は、日本人にとっては当たり前の行動をアメリカ人もするようになっただけであり、日本人が取ってきた行動がそのまま返ってきているだけとも解釈できる。 時代は確実に経済の分断に向けて動き始めており、誰が大統領になっても、アメリカ市場という巨大なリソースをタダ同然で利用できるという従来の常識は捨て去る必要があるだろう。