もしもドラムがリンゴ・スターでなかったら? ビートルズから見るグループ成功の条件
7月5日(金)に公開予定の映画『ザ・ビートルズの軌跡 リヴァプールから世界へ』。世界的に人気となる前のザ・ビートルズに焦点を当てた、貴重な映像と合わせて描かれたドキュメンタリーとなる。2008年にボブ・カラザーズ監督の手によってイギリスで製作された映画が、時を経て本国イギリスに続いて日本のスクリーンに登場する。 【写真資料】7月5日公開『ザ・ビートルズの軌跡 リヴァプールから世界へ』©SHORELINE ENTERTAINMENT ◇大御所が続々参入する近年のビートルズ映画 若者文化が花開いた1960年代。その60年代を代表するビートルズはレジェンドだ。ジョン・レノンが銃弾に倒れたのは1980年。そして、1999年にジョージ・ハリスンがナイフで襲撃されたときは、あわやレノンに続くと危ぶまれるも一命をとりとめたが、今はもういない。再結成が叶わぬ夢となってからは、なおさら揺るぐことないレジェンドだ。 ビートルズ映画は数多くあるが、新しい映画も作られており、特に昨今は大御所が続く。2011年マーティン・スコセッシ監督『ジョージ・ハリスン / リヴィング・イン・ザ・マテリアル・ワールド』、2016年ロン・ハワード監督『ザ・ビートルズ~EIGHT DAYS A WEEK - The Touring Years』、そして2021年ピーター・ジャクソン監督『ザ・ビートルズ: Get Back』だ。 『Get Back』の前に、ジャクソン監督はリストアで偉業を成し遂げている。一世紀も前の名も知らぬ兵士たちを現代に蘇らせた作品。2018年、ロンドン映画祭とイギリス各地の複数映画館を結んでプレミア上映された『彼らは生きていた』は、帝国戦争博物館所蔵の膨大な第一次大戦映像から紡ぎ出した映画だ。 カラー化しフィルムを補うことでスムーズな動きと生気に、再現した声を与えられた兵士たちは、近しく生々しく訴えかけた。その技術と根気をもって、半世紀前のビートルズも蘇らせてみせたわけだ。 ◇イギリスに続いて日本公開となる作品 上述のような技術的・芸術的に素晴らしい作品群と、『ザ・ビートルズの軌跡』は少し違う。まず少々古い。2008年にイギリスで製作された映画が、時を経て日本公開となった。他国での劇場公開はなかったようなので、本国イギリスに続いての公開だ。 イギリス同様にビートルズ人気が高い日本だからなのだろうか。いや、ひょっとしたら日本のほうが高いかもしれない。「紅茶とビートルズくらいしかないイギリス」と自虐的に表現したイギリス人もいたくらいだから、少なくともビートルズ愛をストレートに語るファンなら日本が多そうだ。 ボブ・カラザーズ監督は、ミュージシャン映画をはじめとしたドキュメンタリー制作者。これまで、監督やプロデューサーとしてテレビやビデオ作品を多く手掛けてきた。優れたテレビ番組に贈られるエミー賞受賞歴もある。 その経歴を聞けば、なるほどと思えるのが本作だ。悪く言えば、あまり制作費がかかってなさそう、良く言えば、奇をてらわずオーソドックスで見やすい。 テレビ番組からのビートルズ映像と、デビュー前の古い写真、当時を知る関係者のインタビューで構成されている。絵柄にそれほどの新鮮味はないが、その代わり貴重な証言にじっくり耳を傾けられるのは、古(いにしえ)のビートルズファンにはうれしい。 意外にもレコード会社各社に断られた話も面白いが、なんと言っても興味深いのは、オリジナルドラマ―だったピート・ベストが辞めさせられた話だ。 デビュー直前に、唐突にクビを言い渡され、すでにリンゴ・スターがドラマ―として決まっていたという。ひどい話だ。しかも、リンゴのドラムも、皆が求めるものとは違ったらしく、当初の録音には別のドラマ―が入った。 なんのためのドラマ―交代? なんのためのリンゴ? 皆が口をそろえて、ドラマ―としてピートがリンゴより劣っていたわけではないと言う。ルックスが悪くないのも、皆の認めるところだ。 実のところ、腕も見た目も悪くないのに、ピートがデビューできなかったことに、そこまで確固とした理由はない。だが、関係者の話すエピソードは、ビートルズはリンゴ・スターでなければならなった、と思わせるに十分だ。 メンバーと一緒にいるときの様子や行動が、リンゴのほうがビートルズのイメージに合う。リンゴのキャラクター、リンゴが入ったことによって他の三人から引き出されたキャラクター、俗にいうケミストリーというやつだ。 結局、ビートルズは最後までこの四人だったから、それ以外を考えられなくなっているだけかもしれない。もし、ピートのままデビューしても、それはそれで成功していたかもしれない。起こらなかったことの結果は、神のみぞ知る。 だが、それこそが、成功したグループに不可欠の条件ではないか。誰一人とて替えが効かない、唯一無二のメンバーがそろったように思わせてしまう。それは技術の優劣や美貌とはそれほど関係ない。ほかにもっと上手い人やグッドルッキングがいても、このメンバー以外ないのだ。
山口 ゆかり