在日ファンク・浜野謙太の愛読書3冊──「ミュージシャンの本棚」第7回
ミュージシャンの愛読書を聞くことで、その創作世界の一端を覗いてみよう。2019年で休止していた連載が待望の復活! その第1弾に登場するのは、在日ファンクでフロントマンを務め、俳優としても活躍する浜野謙太だ。 【写真つきの記事を読む】愛読書をチェック!
11月1日、在日ファンクが待望のニューアルバム『在ライフ』をリリースした。前作から5年ぶり、6枚目のフルアルバムとなる本作について、フロントマンの浜野謙太は「社会に生きるひとりの人間、ひとりの家庭人としてのスタンスを音楽と結びつけたいと思った」と語る。浜野はどんな“ライフ”を送っているのだろう? 愛読書3冊を通して語ってもらった。 ■熊谷晋一郎『リハビリの夜』、医学書院、2009年 ──『リハビリの夜』は、脳性麻痺の当事者であり小児科医でもある著者が、身体の動きとその認知を解体・再構築しながら、他者や規範とのつながりを解きほぐしていくような書籍です。 浜野:じつは、うちの娘も心臓疾患の手術の後遺症で右半身に麻痺が残っているんです。まだ子どもなのでリハビリをすればよくなると言われているのですが、それについて常に疑問を抱えているので読んでみようと思いました。 本の中で、熊谷さんが「これがふつうの動きだ」という規範はあくまでも健常者向けに作られたものでしかなく、仮に異なる運動規範を持った文化圏に身を置いたら、僕たちの動きも意味を持たなくなる、と書かれていたところは「ああ、そうか」と思いました。基準が違うだけで、肢体不自由な人にはその人なりの他者やモノとの付き合い方があるのだと。リハビリや一人暮らしの経験を通して、著者の「オリジナルな運動」を立ち上げようとする姿が心に残りました。 ──本書が当事者の視点で書かれているからこそわかる部分でもありますね。本を読んだことで娘さんとの関わり方に変化はありましたか? 浜野:例えば、娘の歯磨きをしていると舌で邪魔をしてくることがあるのですが、それはおそらく脳の一部が壊死しているせいで思ってもいないところに力が入ってしまうからなんじゃないかと。まさに『リハビリの夜』で書かれていることが娘の身体にも起きている。ほかにも、熊谷さんが《まなざし/まなざされる関係》と呼ぶ、動きを監視するような視線を向けてしまうと、娘の身体も気持ちとともに硬直していってしまうこともよくあります。 そういう時、娘に対して「なんでできないの?」と怒ってしまうことがあって。でも、彼女の世界を理解しようとせず、自分のやり方を押し付けるのは娘とコミュニケーションをとっていることにはならない。そういう経験をたくさんしているので、自分はどうやって娘との間に互いの身体が融和するような関係が取り結べるのだろうかと考えながら、手を繋いだりしています。 ──『リハビリの夜』が、娘さんを育てるうえでの指標のようになっている。 浜野:熊谷さんは、全体を通して、当事者が自己決定することの重要性について書かれていますが、僕も、娘がいつか「自分でやりたい」と言う日がくればいいのかもしれないと思うようになりました。 でも、娘はまだ小さいので、どこまで自分で決めているのかわかりづらいことがあります。つい「自分で決めなさい」と強要してしまいそうになるのですが、ひとつひとつの決定や行動がなぜ彼女にとって必要なのかを考えながら伝えるようになりましたね。だからこそ、その想いがお互いに通じ合った時の喜びをより強く感じるようになりました。『リハビリの夜』は、娘との関係を考えるうえで大きな影響を受けた一冊です。 ■伊藤潤『虚けの舞』、幻冬舎文庫、2022年 ──『虚けの舞』は、本能寺の変以降、豊臣秀吉に仕えることになった織田信雄と北条氏規を描いた歴史小説です。 浜野:『どうする家康』(NHK大河ドラマ)で織田信雄役を演じることになり、手に取った関連書籍の中でいちばん面白かったのが『虚けの舞』でした。戦国武将としての才能がなく、落ちぶれた人物を主人公にした歴史小説って珍しいですよね。 信雄は、秀吉や家康、それこそ父の信長のことを劣等感とともに見ていて、心の中では文句を言ったり悪態をついたりしているのに、予想外のことを言われて受け答えができずにぷるぷる震えてしまう(笑)。信雄のそういうところが、僕とすごく似ているなと感じています。僕はSAKEROCKでデビューして、蓋を開けたらまわりは天才だらけだったのですが、『虚けの舞』を読んでいると彼らを見ている自分の目線が信雄と重なって、すごく身に染みるんです。 能の演目中に秀吉を暗殺しようとした信雄が、いざという時に手槍を仕込んだ薙刀を落としてしまう場面なんかは、SAKEROCKでトロンボーンを持つ手や息が震えてしまった瞬間を思い出してしまいました(笑)。 ──在日ファンクの新作『在ライフ』に収録されている「平和 feat. 七尾旅人」で、「ガキの頃からいそしむ『信長の野望』/歴史好きの母そもそもの影響」と歌っていますが、歴史物がお好きなんですね。 浜野:子どもの頃、最初に熱中したのが歴史物でした。母親に「謙太の謙は上杉謙信の謙だ」と言われて、映画『天と地と』(1990年、角川春樹)を観たら、武者たちが闘う姿に超興奮してハマってしまって。「平和」でなにを歌うか悩んでいた時、ジェントル久保田に「ハマケンのドメスティックな感情を出せばいいんじゃないか」と言われて、自分の中に立ち返って見つけたのが戦国時代に夢中になった過去でした。 信雄は舞という特技がありながらも、選択肢が限られた世界で武将として生きざるをえなかった人物でもあるのですが、僕の中の「戦国時代」も信雄の舞と同じで、中学時代に周りからバカにされて、学校のヒエラルキーの中で生き残るために封じこめてしまった一部だったんです。 『在ライフ』はそんなふうに「自分の中にどうしようもなくあるもの」に立ち返るようにしてできた作品で、その意味でも「平和」は象徴的な楽曲だと思っています。 ──ただ平和を訴えるだけではなく、すこし立ち止まって考えさせられるような一節でした。 浜野:『信長の野望』のほかに『大戦略エキスパート』という戦争のシミュレーションゲームで遊んでいたら、親に「戦争は物騒だからダメ」って言われたんです。その時は「騎馬隊が戦車や戦闘機になっているだけなのに、なんでダメなの?」と思ったけど、親には聞けませんでした。 今振り返ってみると、親はタブーのように「戦争はダメ」って言っていただけだと思うんです。平和について本気で考えるのではなく、ただ平和と言っていればよかった時代。そのことを親からすごく感じるんです。本当はなぜ『大戦略エキスパート』に不快感を示したのかを話し合わなければいけなかった。その違和感を歌いたかったんです。 ■沼田まほかる『ユリゴコロ』、双葉文庫、2014年 ──『ユリゴコロ』は、主人公の亮介が実家を訪れた時に、殺人者の告白が書かれたノートを偶然発見したことから始まるミステリー小説です。 浜野:普段、なかなか小説の世界に入りこめず読み進められないのですが、『ユリゴコロ』は冒頭からいきなり絶望に落とされて、すぐにのめり込んでいきました。 エグい描写や苦々しい描写って、すごく芸術的だと思うんです。読者に想像させながら、もうこのまま生きていられないと思うほどの絶望を味わわせてくれる。通りがかった少女が帽子を側溝に落としてしまい、それを拾おうとしたお兄ちゃんの上に鉄板を落として殺害する場面は、特にグロテスクで恐ろしいんだけど、ものすごく引き込まれました。 そこまでではないにしても、僕も在日ファンクの歌詞にエグさやグロテスクさを必要とすることがあります。歌にそんな言葉使う?みたいな表現を入れて引き込みたい、という気持ちがあるんです。例えば、「根にもっています」や「きず」、「はやりやまい」とか。そうした表現を入れると、ちょっと怖かったり、悲しくなったりする。そういう世界観が好きで、この小説を好きな自分が好きだな、と思っています(笑)。 ──浜野さんは社会問題について積極的に発言をされていたりもするので、3冊のリストをいただいた時はすこし意外に思いました。 浜野:たしかに、普段は社会問題を扱った本を読むことが多いです。難しくて挫折してしまうこともありますが、今読んでいる『ジェンダー目線の広告観察』(小林美香著、現代書館、2023年)はスラスラ読めて面白いです。 ──フェミニズム関連の書籍もよく読まれるんですか? 浜野:妻が笛美さんの本を読んだことがきっかけで、僕もフェミニズムの書籍を買うことが増えました。男がフェミニズムの本を読むと、「女の人をわかってあげる」みたいに思われがちですが、むしろホモソーシャルな世界に対して批評的な視点で書かれているので、僕も含めた男性自身が苦しいと思っていたことの理由がわかったりもします。 『リハビリの夜』で運動規範が健常者に向けて作られていると書かれていたことと、社会がシスジェンダー男性に向けて作られているという考え方は、似ているのではないかと思うんです。熊谷さんが新しい身体のイメージを提示してくれたように、フェミニズムも新しい視点を見せてくれます。社会を作ってきたマジョリティの意見に執着したままでは、広がるものも広がらないですよね。そういう視点を得られるだけでも、少し生きやすくなる。そう思って、日頃からいろんな本を読むようにしています。 * 浜野の選んだ書籍には、規範や運命に晒され、あるいは絶望に落とされながらも、あるべき姿を模索する人々が描かれている。ただ強く激しく基準を揺るがすのではなく、まるでこの社会で生きていくうえで硬直してしまった身体や心を、いろんな方向からほぐしてくれるようだ。在日ファンクの音楽に込められたソウルフルなメッセージは、そんなふうにして作られているのかもしれない。 浜野謙太(はまの けんた) 1981年、神奈川県生まれ。バンド「在日ファンク」のボーカル兼リーダーで、2015年に解散した「SAKEROCK」の元トロンボーン担当。俳優としても映画、ドラマ、CMなど多数出演し、観る者の心をとらえて離さない、その独特の存在感と強烈なキャラクターで世間の注目を集めている。映画『婚前特急』で第33回ヨコハマ映画祭・最優秀新人賞を受賞。 取材と文・杉本航平、写真・菅原麻里、編集・横山芙美(GQ)