「もっと早く取り組むべきだった」高騰する原画・セル画、国が保存の方針固める 真贋鑑定など課題山積み
■漫画原画やアニメのセル画の現状 6月15日の読売新聞の報道によると、政府は日本の漫画の原画やアニメのセル画などを収集・保存、そして展示を行う「メディア芸術ナショナルセンター」(仮称)を整備する方針を固めたという。今後、収蔵庫を国立映画アーカイブ相模原分館(相模原市)に置き、人材育成機関は国立新美術館の敷地に建設するとのことだ。 【写真】3250万円で落札された宮崎駿の高額なサイン色紙など 2028年度の運営開始を目指すという。設立の目的としては、文化遺産として評価されつつある漫画の原画やアニメのセル画の海外流出、そして散逸などを防ぎ、さらには保存業務に従事し、調査研究を担える専門家を育成していく狙いがあるようだ。文化庁も今年に入り、漫画家のちばてつや氏の原画を預かり、具体的な保存の仕方を検討するなどの動きをみせている。 これまで、漫画は雑誌や単行本に掲載された時点で「完成」とされ、アニメもセル画を使って撮影されて放映されれば「完成」であった。その製作途中で発生する原画やセル画は、漫画家やアニメーターが精魂込めて描いたものであるにもかかわらず、ぞんざいに扱われてきた歴史がある。 例えば、漫画の原画はコマごとに切り取って読者プレゼントにされたり、出版社によっては印刷が終わればゴミに出してしまう例もあった。アニメのセル画、動画、原画などもスタジオを訪れていたファンにタダであげたり、イベントなどで格安で販売されることもあった。しかし、それは遥かに良かったほうで、なんと産業廃棄物として捨てられることもあったと聞く。 ■急激な高騰の背景にある熱狂的な外国人の存在 そんな原画やセル画は、近年、美術品的な価値が認められ、高値で取引されはじめている。最大の要因は、日本の漫画やアニメが世界中で親しまれるようになり、海外の富裕層やファンがオークションに参加するようになったことだ。また、昨今はデジタルや生成AIの進化によって、アナログで描かれたものが一点物として評価されるようになったことも、高騰の背景にあると思われる。 東京・中野に本社を置く「まんだらけ」が主催するオークションを見ると、手塚治虫の原画や宮﨑駿のスタジオジブリのセル画が高騰しており、なかには1000万円以上で落札されたものまである。オークションには外国人の富裕層や、さらには海外の美術館・博物館も参加していると聞く。海外で日本の漫画やアニメが評価されていることの表れであり、正直、その関心の高さは日本以上といえるのではないだろうか。 その一方で、日本では漫画やアニメを“美術品”や“文化財”として捉えている人は、極めて少数派のようだ。まだ十分に評価が定まっているわけではないため、海外に貴重な資料が流出してしまうと、“第二の浮世絵”のようになってしまう可能性がある。 筆者は何度か、まんだらけの古川益三会長にインタビューをしている。古川会長は国がこうした事業に乗り出すことに対し、「頑張って集めて欲しいけれど、もう時期を逸していると思う。いいものはだいぶ海外に流れてしまっている」「もっと早く取り組むべきだったと思いますね」と話していた。いや、まだ間に合う、と筆者は希望を持ちたい。だからこそ、一刻も早く、保存体制を構築しておかなければならないだろう。 ■真贋鑑定ができる学芸員を育成せよ 国以外にも、秋田県横手市の「横手市増田まんが美術館」を筆頭に、各地に漫画の原画の収蔵施設を創設する動きがみられる。こうした収蔵施設が完成すると必要になってくるのは、学芸員である。ところが、日本では既存の美術館・博物館でも学芸員が慢性的に不足している。資料の寄贈を受けても、整理が進んでいない例が各地で見られる。 今後、漫画やアニメの資料を保存するに当たり、専任の学芸員の育成は不可欠と考えられる。保存のノウハウを持ち、企画展などを開催できるスキルが求められる。また、流出した原画やセル画を、税金を使って買い戻す機会も大いにあり得る。そうしたときに真贋鑑定や美術的な価値の判定ができる能力をもつ学芸員を、育成しておくべきである。 贋作といえば、日本画や陶磁器などの骨董品のイメージがあるが、漫画の原画や、アニメのセル画にも贋作が出現している。その真贋鑑定のノウハウをもった学芸員は、既存の美術館・博物館にはまだいないはずである。今後、国民から寄贈を受ける機会も増えてくると考えられ、鑑定能力を身に着けた学芸員が必要になってくるのは間違いない。 具体的には、京都精華大学や大阪芸術大学など、漫画やアニメを教える大学に学芸員の養成の場を設け、育成を図るべきである。また、アニメ関連の専門学校でも教育の機会を設け、収蔵施設のスタッフとして勤務できる道を開くべきだ。こうした学芸員の育成を国が支援することは、文化立国を目指すうえで重要なことではないだろうか。
文=山内貴範