地方の老舗旅館が続々再生 事業承継や異業種参入、地域の食・歴史・自然を生かし集客力アップ
老舗旅館を再生する動きが中国地方で活発になってきた。金融機関などでつくる会社による事業承継に加え、異業種の参入も相次ぐ。新型コロナウイルス禍の打撃を受け、後継者難の逆風も吹く地方の旅館。受け継いだ事業者は、地域の食や歴史、自然を生かし、新たなアイデアと投資で集客力を高めようとしている。 【動画】旧「西山別館」が「Ryokan尾道西山」に(2023年3月) 芝生の庭園を囲むようにわらぶきや木造の離れ6棟と本館が立つ。リニューアルオープンから10月で1年半になる広島県尾道市のRyokan尾道西山。尾道水道の東端近くで80年余りの歴史を重ねる。往時の風情を残しつつ、瀬戸内の魚やかんきつ類を使うフレンチベースの創作料理を出す。週末は満室になることも多い。 もともとは1943年創業の西山別館。コロナ禍で打撃を受け、金融機関などでつくる瀬戸内ブランドコーポレーション(SBC、広島市中区)の子会社せとうち旅館(尾道市)が2022年3月に引き継いだ。尾道市内は観光客向けの宿泊施設が少なく、尾道の知名度を生かせば訪日客を取り込めると踏んだ。 改装に合わせて宿泊料を1泊5万~6万円と2~3倍にしたが、稼働率はコロナ禍前の3倍にアップ。訪日客の割合は1、2割と目標の3割に届いていないが、今後はマリンスポーツや寺社巡りなど体験メニューの充実を図る。SBCの阪本浩和執行役員は「富裕層にも選んでもらえる施設を目指す」と語る。 異業種で参入したのは家電・日用雑貨卸のソシオグループ(広島市中区)。6月、島根県大田市温泉津町の「のがわや旅館」を取得した。国の重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)の温泉街で1912年創業。コロナ禍による経営難を知った日高寛彰社長が「江戸末期から昭和初期までの建物が残るエリアの文化を守りたい」と思い立った。 きっかけはソシオグループを担当していた元銀行員の河原一世さん(33)との縁だった。河原さんの父は、のがわや旅館の経営者。河原さんが旅館の窮状を伝えると、日高社長が協力を申し出た。運営会社の社長に就いた河原さんは「ソシオグループの資金で前向きな投資ができる」と歓迎する。宿泊客の送迎車や冷凍冷蔵庫を買う予定で、従業員の給料も上げた。 中小企業基盤整備機構(東京)によると、国が設置する全国の事業承継・引継ぎ支援センターを通じて第三者へ承継した宿泊・飲食業は23年度が269件。19年度の2・1倍に増えた。施設の老朽化やコロナ禍に伴う借入金の返済に悩む老舗旅館は少なくない。経営者が高齢化し、若い世代に引き継ぐニーズは高まっているという。承継する事業者は、本業との親和性も見込み、ビジネスの可能性を見いだしている。 輸入車販売のグリーンライト(広島市安佐南区)の小林祐哉社長は1月、1969年開業の津波敷(つばしき)温泉海浜荘(山口県下関市)を個人で買い取った。もともと温泉や旅館が好きで、経営にも興味を持っていた。 企業の合併・買収(M&A)の仲介サイトで見つけた津波敷温泉は、観光スポットの角島大橋に近く海の幸も豊富。周りに宿泊施設や飲食店が少なく商機があると受け止めた。「車の購入者に津波敷温泉を薦められる」とメリットも感じた。 小林社長は41歳。経営していた中村伸次さん(74)は後継者がおらず、取引先の金融機関に事業承継を勧められていた。「津波敷温泉が残る。働き盛りの小林さんに引き継げて良かった」と喜ぶ。今は休館中だが、小林社長は来夏をめどに建て替えて再開を目指す。
中国新聞社