この結末は希望か絶望か。ソン・ジュンギの新境地&ホン・サビン、キム・ヒョンソの存在が光る『このろくでもない世界で』の見どころ
第76回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門、第28回釜山国際映画祭にも公式出品された韓国映画『このろくでもない世界で』(7月26日公開)のトーク付き試写会が7月17日、ブロードメディア試写室にて行われ、映画ライターの渥美志保と佐藤結が本作の見どころを語った。 一緒にハンバーガーを食べる時間が唯一の救いの兄妹 本作で描かれるのは、ある寂れた町を舞台に、継父からの暴力と貧困に喘ぐ18歳の少年ヨンギュと、彼の絶望漂う瞳にかつての自分を重ねた裏社会の男チゴンの物語。傷だらけの2つの魂が交錯した時、悲劇がさらなる悲劇を生み、彼らの運命は思わぬ方向へ走りだす――という展開で、韓国映画の真骨頂と言える、身体的な痛みと、底辺に生きる者の心の叫びが渾然一体となったノワール映画だ。本作が初の長編作品となるキム・チャンフンが監督、脚本を務め、脚本に惚れ込んだソン・ジュンギがチゴン役に。ヨンギュ役には本作が映画初主演となるホン・サビン、ヨンギュの義妹ハヤンを、歌手のBIBIとして活躍するキム・ヒョンソが演じている。 釜山国際映画祭にも足を運んだ渥美と佐藤。現地の舞台挨拶などを通じて、「この映画のためならなんでもする!」というソン・ジュンギの強い気持ちを実感したとのこと。ファンとの対話が大好きで、交流を大事にしているソン・ジュンギだが、その言葉通りのファンサービスを行う彼の姿に感動すると共に、この作品への並々ならぬ想いを感じたと声を揃えていた。その“美しさ”に注目されがちなイケメンスター、ソン・ジュンギは本作で、見事に演技派俳優としての魅力を発揮している。 主役のホン・サビンについては「すごい子が出てきた」と大絶賛。年齢と経験を重ねたら、サスペンス・スリラー『梟ーフクロウー』(23)の主演リュ・ジュンヨルのような渋めの演技と存在感で魅せる役者になりそうだと期待を込めた。現在韓国でヒット中の『脱走』(イ・ジョンピル監督、イ・ジェフン&ク・ギョファン主演)にも出演しているとし、そちらでも独特の存在感を放っていると称賛。今後、大注目の韓国俳優の1人だと太鼓判を押していた。ホン・サビン演じるヨンギュの義妹ハヤン役のキム・ヒョンソは、開口一番「面構えがいい!」と話した渥美。もともとBIBIが好きとのことで、「単に可愛いだけじゃない、ああいう佇まいのある女優は韓国にも意外と少ない。今後、女優としてガンガンきてほしい」とこちらも今後の活躍に期待といった様子でおすすめ。劇中でも、守られる存在どころか、“頼りになる”という表現では収まりきれない、“頼り甲斐”のある妹を演じている。そんなヒョンソの存在感も存分に味わいたい作品だ。 ■それぞれの解釈を出し合い、意味を探りたくなる映画 後半のトークでは、複層的な本作のストーリーに踏み込んだ。様々な愛のかたち、人間関係が絡み合う物語のため、観客からの感想や分析も、いろいろなものが出てきそうだと語った2人。ソン・ジュンギ演じる地元犯罪組織のリーダーのチゴン、チョン・ジェグァン演じるチゴンの手下のスンム、チゴンから「俺はお前のヒョン(兄貴)だ。ここを家だと思え。お前の居場所だ」と言われて加わるヨンギュの関係性が魅力だが、ソン・ジュンギのインタビューでは、ある意味“三角関係”と呼べる、というコメントも出ていたと明かした。 渥美は、チゴンがまるで家族と過ごす家づくりをするようにDIYをしていることなどに触れ、チゴンはヨンギュと家族の絆を結びたかったのではと予想した。しかし、暴力的で酒乱の父を憎み、お酒を一滴も口にしなかったチゴンが、ヨンギュとの殴り合いの後にお酒を口にしてしまう。そんなチゴンの哀しみや心情を独自に分析すると、観客が大きく頷いていたのが印象的だった。 さらに、チゴンが家族を作りたいという想いと同時に、死に場所を探していたとも指摘。そこから本作の英題『HOPELESS』であることに触れ、「韓国のタイトルは『ファラン』(和欄、オランダ)で、ヨンギュが憧れている場所の名前。これは“HOPE”を意味します。監督のインタビューでは絶望と希望が背中合わせとなり、2人は鏡として話していた。そして鏡を突き破った、と語っていました」と明かした渥美。さらに、チゴンが作ったケースの中身の意味についても渥美流解釈を添えると、観客の多くが「なるほど!」と声に出す場面も。あくまで自身の見解とした渥美は「(渥美流解釈に対し)いやいや、違う。そういう意見もあると思います。でもそういう意見こそ聞きたいです。いろいろな見方ができる映画です」と何度も観て分析し、意味を探りたくなる映画だとしていた。 もがけばもがくほど深みにはまる“ろくでもない世界”で、傷だらけの魂が響き合った彼らが行き着く運命、それは希望なのか、絶望なのか。ソン・ジュンギの新境地、ホン・サビンやキム・ヒョンソのフレッシュな魅力は、映画館の大きなスクリーンで浴びるのがおすすめだ。 取材・文/タナカシノブ