「ポーターの戦略」の根底にあるものは何か
■SCP理論とポーターの戦略フレームワーク 本稿では、SCP理論を解説する。SCPとは “structure-conduct-performance”(構造-遂行-業績)の略称だ。同理論はその源流が経済学の産業組織論(industrial organization)にあることから “IO Theory” とも呼ばれるが、本書『世界標準の経営理論』ではSCPの呼称を使う(※1)。 1970~80年代に、経済学で発展したSCPを「経営学のSCP」へと昇華させたのが、ハーバード大学のマイケル・ポーターである。SCPの名は知らなくても、彼の代表作である『競争の戦略』を読んだことのある方はいるはずだ。SCPは「ポーターの競争戦略」の基礎になっている。MBAの経営戦略の教科書でポーターの競争戦略が紹介されないことはありえない。例えば米国のMBAプログラムで使う定番の教科書、ロバート・グラントのContemporary Strategy Analysisでは全17章のうち4章分が、ポーターのフレームワークに費やされている(過去記事「理論を思考の出発点にしてビジネスをとらえよう」の図表1を参照)。 しかし、以前「経営理論とフレームワークの違いを明確にし、実務に活かそう」で述べたように、MBAの教科書で主に紹介されるのは「理論から落とし込まれたフレームワーク」だ。SCPそのものを解説した教科書は、筆者の知る限り存在しない。本稿では、理論の方を根本から解説する。
■儲かる業界、儲からない業界 まず次の図表1を見てみよう。これは先のグラントの教科書に載っているデータで、1999年から2002年までの米国主要産業の株主資本利益率(ROE)の中位値を並べたものだ。 図表からは、産業ごとに収益性に大きな差があることがわかる。例えば米国で同期間にROEが最も高かったのは製薬業で、中位値は26.8%に上っている。食品産業が22.8%でそれに続く。医薬品・医療機器と金融もROEは高い。他方で情報通信産業のROEは3.5%だし、航空産業に至ってはマイナス34.8%である(これは2001年9月のアメリカ同時多発テロの影響もあるかもしれないが、後で述べるように米国内線航空産業の収益性は慢性的に低い)。 この図表は重要な示唆を与えてくれる。それは「この世には儲かる産業と、儲からない産業がある」という厳然たる事実だ。そしてSCPが第1に教えてくれるのは、その理由である。 ■「その産業がそもそも儲かる構造になっているかどうか」知るために ところで、実際のビジネスで「業界が今後儲かるか、儲からないか」を見通すには、まず需要動向を分析することが多いのではないだろうか。筆者が民間シンクタンク時代に自動車メーカーを担当していた経験でも、例えば「アジア自動車業界の見通し」で最初に行うのは、今後5~20年のタイやインドネシアの自動車販売台数を予測することだった。 ビジネスにおいて需要予測は当然重要だ。しかし「市場の成長性が高いから、企業の利益率も高い」とは限らない。例えば、図表1にあるように2000年前後の米国半導体や情報通信産業の利益率は低く、逆に食品産業の利益率は高かった。しかし、前者と比べれば後者の市場成長率は鈍かったはずだ(※2)。産業の収益性は、需要の伸びだけでは説明できないのだ。むしろ大事なのは、「その産業がそもそも儲かる構造になっているかどうか」なのである。そのメカニズムを体系化したのが、SCPなのだ。