FC町田ゼルビア・黒田剛監督が明かす″名将の仕事術″「意識づけひとつで組織は大きく変わります」
肉迫インタビュー 名門・青森山田高校監督から転身し、J2で15位のチームを1年でJ1昇格へ導いた
高校サッカーの監督がJ2で15位のチームの監督に就任し、1年目で優勝――。ドラマのような出来事が、今季のFC町田ゼルビアに起きた。物語の中心にいたのは、常勝・青森山田高校で昨年まで監督を務めた黒田剛(ごう)(53)だ。 FC町田ゼルビア・黒田剛監督 インタビュー未掲載カット 高校選手権で3度の頂点、’21年度には主要タイトル「3冠」を達成した高校サッカー界最強の名将は、いかにして町田を変革したのか。その仕事術に迫った。 「多くの指導者と違い、サッカー以外の世界も知っている。それはプロの舞台でも強みになった。私の原点は、あくまで教育者です」 ホテルマン、公立高校教諭を経て’94年に青森山田のコーチとなり、翌’95年から28年間も監督として指揮を執った、異色のキャリアを持つ黒田。全国的に無名だった青森山田は彼の就任後、実に7度の日本一を達成している。 黒田に白羽の矢を立てたのが、ゼルビアと親会社・サイバーエージェントの社長を務める藤田晋氏だった。 「’22年の11月にお話を頂いた時、現実的にあまり信じてはいなかったんです。ですが、高校サッカーとはいえ『勝てる組織を作り、勝ち続けてきたノウハウが必要』だという藤田さんの考えに経営者としてのセンス、覚悟を感じた。『高校サッカーの監督に何ができる』と外部からの批判もあった中でも、私にとって魅力あるチャレンジだと考え、オファーを受けました」 黒田は″勝ちすぎた監督″でもあった。タイトルは獲るが、守備的なスタイルやロングスロー戦術などは批判にさらされることも珍しくなかった。 町田の監督就任が発表された後も懐疑的な目が向けられていたのも事実だ。しかし、黒田のスタイルは一貫していた。 内容は「企業秘密」と記者を煙に巻くが、キャンプでは守備を原理原則から徹底的に叩き込むことに腐心し、プレシーズンではJ1を相手に6戦全勝。リーグ戦でも開幕から6勝1分けとスタートダッシュに成功し、圧倒的な強さで優勝を果たした。守備的と言われたチームも、終わってみればリーグ最多得点を叩き出している。 「プロの世界に入り、今までのやり方が通用するのか、ということは気を遣いましたよ。数字の設定に映像を駆使し説得力を持たせ、通用する部分とそうでない部分を選別していった。 最初は選手たちも半信半疑な部分もあったと思うが、キャンプで結果を残し、『このやり方はすごく効果的なのでは』と彼らも認識してくれた。勝ち点90、失点30以下、と目標数字を設定し、チームコンセプトを明確にして、コケても直ぐに立ち返れる原理原則を主としたベースを作ったんです。 サッカーは攻守の表裏が一体。ハードワークや切り替えの速さという今のサッカー界で求められていることは、どのチームよりもやろうと。結果、いい守備からボールを奪い、効果的な攻撃につながった。これがリーグ最多得点の原動力となりました」 黒田はどんな質問にも論理立てて回答し、言語化する能力に長けていた。選手やスタッフとのコミュニケーションひとつとっても、その流儀が表れている。 「30年間の教員生活の中で感じたのは、5年スパンで子供たちの傾向が変わるということ。それに合わせて接し方も変えていかないといけない。たとえば今の子たちは『Z世代』ともいわれ、能力が高くて自己肯定感も高いけど、激しく叱ったり、一方的に否定してはダメ。 ただ、ずっと変わらないのは人間の感情なんです。私は『悲劇感』を重視し、自分の行動がチームにどう思われるのか、を伝えるマネジメントを意識しています。例えば自分が球際で甘いプレーをして失点した。それが仲間から信頼されない原因になることを、あえてミーティングでみんなの前で伝えます。その時の感情はすごく辛いものであり、改善点をあえて共有することで、選手も規律を徹底するようになる。こうして組織の完成度は高まっていくのです」 今季の天皇杯では、横浜F・マリノスに完勝するなどJ1チーム相手にも戦えると証明した。しかし、黒田の目指す理想はより高いところにある。 「やるべきことは徹底出来ましたが、それだけではJ1では勝てない。ルールを習慣へと昇華し、継続していく必要がある。高校サッカーの指導者からプロという道を後進に開くため、結果を出し続けなければという使命も感じています」 一方で、自身の私生活に話が及ぶと、こんな風におどけてみせた。 「教職者といえども、一番難しいのが自分の子供の教育ですね。監督はチームについて一番の決定権を与えられるけど、家庭は夫婦二人が意思決定者なので、優先権はないし、どちらかというと妻が強めですね。自分自身、家庭での評価が一番低いと思いますよ(笑)」 教育者として、そして高校サッカー界の矜持を胸に秘め、黒田はJ1の舞台でさらなる飛躍を誓っている。 『FRIDAY』2024年1月5・12日号より
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