現役大学生がメタバースを初体験 取材を通して感じた、バーチャルで働くことの可能性
「メタバースって、実際のところ何が出来るの?」 筆者にはそんな疑問があった。たとえば大学の授業で議論を行う際、「VR」「バーチャル空間」といったワードは出てくるが、実際に体験したことがない人が筆者含め多かった。「Z世代は詳しいでしょ」と思われるかもしれないが、実は「興味はあるけれどやり方が分からない」という学生も多いのだ。 【写真】メタバースを案内してくれた「バーチャル・アテンダント」のらいこんぶちゃん、有明ステラちゃん そこで、今回は筆者がVR未体験の人を代表して、メタバースの世界を体験してみることに。体験しないと分からないことが沢山あるだろうし、学生の間で「こんなことが出来そうだよね」と話していたことが実際に体験できるのかも気になる。 そんな筆者の率直な思いから実現した今回の企画。これを読めば、VRの疑問が解消され、きっとあなたも体験してみたくなるだろう。 筆者がVRを体験したのは、新宿と東銀座に店舗を構える施設「スグバース」。ここでは、ソーシャルVRプラットフォームとして世界最大規模のユーザー数を誇る『VRChat』内でのメタバース体験を、誰でも気軽に楽しめる。VR初心者にうってつけの施設だ。 ■バーチャルの世界で「理想の自分」に変身――憧れのピンク髪にチャレンジ 本施設では店舗に常駐するストアアテンダント(以下、SA)がヘッドセットの着脱などをサポートしてくれるほか、『VRChat』内ではバーチャルアテンダント(以下、VA)が接客をしてくれるので、初心者でも安心だ。通称「ニンジャマスク」と呼ばれるゴーグル用のマスクを着けてからVRヘッドセットを装着するため、化粧崩れなどの心配もなく快適に楽しむことが出来る。 ヘッドセットを装着し、初めてバーチャル空間に入ると、VAのらいこんぶちゃん(以下、こんぶちゃん)と有明ステラちゃん(以下、ステラちゃん)が温かく迎えてくれた。 当然アバター越しに誰かと会話をすること自体初めてだった筆者。初メタバース空間の感想は「す、すごい……」の一言だ。 まずは自分のアバター選びから始める。「スグバース」では、自分のアバターを持っていない人でも楽しめるよう、サンプルアバターも用意してくれている。およそ50種類以上あるアバターから自由に選択できるのだが、筆者は現実でやってみたいと憧れているピンク髪のアバター「セレスティア」を使ってみることに。 こんぶちゃんは、メタバースで働く・過ごす中でよかったと感じたことの一つは、「理想の自分になれること」だと教えてくれた。たしかに、アバターを通して現実とはまた違ったオシャレを追求できることも魅力の一つだと感じた。 ヘッドマウントディスプレイをかぶっていると、視界からはリアルな世界が完全にシャットアウトされた状態になる。そのため、手元が見えずはじめは操作に少しだけ苦戦した。だが、こんぶちゃんとステラちゃんが優しくフォローしてくれたので、少ししたら操作にも慣れることができた。 自分の身体はコントローラーだけで移動・回転させられるので。はじめは首をきょろきょろ動かして周囲を見回していた筆者も、1時間の体験で行きたい方向と向きはコントローラーで操作できるようになった。 ■バーチャルの世界ではたらく彼女たちの「新たな夢」 続いてはワールドに設置されたペンを使って「空間への落書き」を体験。コントローラーのグリップボタンを押すとペンを持つことができ、空間に文字やイラストをかくことができる。自分のかいた文字や絵は空間に描かれ、立体として存在するため、見る角度によって見え方が異なる。あらためて、平面という概念が存在しない世界であることを実感する。VR上には、この落書き機能を用いて作品を制作している人もいるようだ。 こんぶちゃんたちに導かれ次に移動した世界は、光のスティックで音楽を奏でることが出来る空間だ。空間に生えている光の棒や蓮の花をスティックで叩くと音が鳴り、叩く場所によって音色が異なる。幻想的な空間をVR上で共有し、一緒に演奏を楽しめる時間は新鮮で会話も弾む。 次に移動したのは、ヴェネツィアのような雰囲気の世界だ。「川に飛び込むこともできるよ」と教えてもらい、思い切って飛び込んでみる。川に飛び込むと浮遊感があり、自分がいまVRの世界に没入していることを認識できた。 ステラちゃんは「スグバース」で始めたVAについて「VRの人口を増やせる夢のような仕事」だと話していた。「スグバース」には学生から社会人まで幅広い層が訪れるという。彼女たちのような存在は、筆者のようなVR初心者の背中を押してくれるきっかけを作ってくれると感じた。 「スグバース」で働くことになったきっかけも尋ねてみた。5年前からメタバースで活動していたというこんぶちゃんは、メタバースで中橋さんと出会ったことから、交流が始まったという。そして、中橋さんに「スグバース」で働くことの提案を受け、VAの仕事を始めたのだという。 ステラちゃんやHさんにも話を聞いていってみると、なんと全員メタバースから交友が始まっていたのだとか。あらためて、「メタバース」が新たな働き口を見つける場にもなっているのだと実感しながら、続いて訪れたのは南国を連想させるようなビーチだ。ここでは「祝・バーチャルデビュー!」とビールで乾杯してもらった。もちろん、バーチャルのビールなので実際には飲んでいないのだが、それでも不思議と気分が高揚してきた。 メタバースでは、リアルのお酒を片手に交流を楽しむ飲み会なども開催されているということで、それぞれが家に居ながら、同じ空間で会話を楽しめるのは素直に面白そうだ。 ふと、大学の友人と「コミュニケーションが苦手な人でも、VR空間でなら話せそうだよね」という話をしたことを思い出した。筆者が想像していたように、VR空間なら「実際の顔が分からないから話しやすい」ということもあるだろう。しかし、実際に体験してみて、コミュニケーションの得意・不得意に関わらず、外見にとらわれず「相手の内面のみを知ることが出来る」という点で、現実よりも“リアル”に他者と交流できる場なのかもしれないと感じた。 ここでは海に飛び込みスキューバダイビングも楽しんだ。現実では泳ぎが得意とは言えない筆者も、VRでなら魚とたわむれることができた。現実ではできないことも叶えることが出来るということが、メタバースの醍醐味だろう。海中を楽しんでいるとポートが見えてきて、ポート内にはべットが設置されていた。 ちなみに、VR上級者になると一日の大半をVR上で過ごしている人も珍しくないという。なかにはVRゴーグルを装着したままワールドに設置されているベッドで眠り、そのまま朝を迎える人もいるという。これには驚いた。眠りから覚めたら海の中というのは素敵だが、疲れが取れないということで、あまりおすすめは出来ないという。 最後に訪れた花火大会のワールドでは、ロマンチックな雰囲気で花火のフィナーレを見ることができ、VR空間で一足先に夏を感じられた。しかし、花火大会といえば混雑するものという印象もある。VR上で一つのイベントに人が集中した場合どうなるのかを尋ねてみた。メタバースでは毎日様々なイベントが開催されているが、『VRChat』ではひとつのインスタンス(※)に入れる人数に制限があるという。 (※ワールドとインスタンス:たとえるならば、ワールドは空間の設計図で、インスタンスはそれを基に作られる空間。同じ設備を備えたカラオケの個室のようなもので、ワールドに対してインスタンスA、B、C……というように新規インスタンスを開設することができる。個別に「フレンド限定インスタンス」「招待専用インスタンス」といった設定をすることもできる) 最大人数はワールドの設定によって異なるが、大体40~最大80人ほど。中橋さんいわく、参加できる人は主催者で決められるとのことで、なかには1対1の接客をウリにした招待制・抽選制のイベントもあるとのこと。筆者が抱いていた「VR空間には無限の世界が広がっている」という認識がくつがえされた瞬間だった。 ■「大人になっても新しい友人が出来る」 VR空間で働く人 あっという間に1時間のVR体験が終わってしまうことに寂しさを感じつつ、会話はメタバースでの人間関係についての話題に。VR空間では「理想の自分」になり、好きな人同士で集まって会話を楽しむことが出来る。しかし、もちろんそれだけではなく、中橋さんやHさん、こんぶちゃん、ステラちゃんたちのように新たな交友が広がることも多いのだという。特に魅力的に感じたのは、VR上では海外の人々とも気軽に交流が出来るため、語学学習にも適しているというところ。 実際、ステラちゃんの友人は『VRChat』上で海外の人と交流することで英語を習得できたそうだ。国境を越えたつながりがVR上で繰り広げられることに無限の可能性を感じる。くわえて、現実では勇気のいることでもメタバースでは堂々と出来るということも、語学学習との相性が良い理由の一つかもしれない。 実際に体験してみて分かったことは、VR空間は「体験しないと分からない世界」であるということだ。中橋さんも「経験する前後でVRに対する認識が変わってくる」と言っていた。こうした体験を踏まえて、メタバースをビジネスにしている4人とお話をすると、あらためてVR上で働くということの可能性を感じられた。 また就活生でもある筆者は、VR上では内面だけを見てもらえるという点や、手軽に企業見学も実施できるということから「バーチャル就活」のメリットも実感した。 一方、こんぶちゃんとステラちゃんは「VRの世界で働くこと」が浸透しているとは言えない現状に課題を感じているという。アバターや衣装の販売で収入を得ている人は多いが、VR上でイベントを発信している人はボランティアが大半であるようだ。「今後はVRの接客でも収入が得られる時代になってほしい」と語る彼ら/彼女らの目標は、「VR空間で働く人の割合を増やすこと」だそうだ。 VR体験をするうえでネックなのは「VR機器を揃えなくてはいけない」ということだが、「スグバース」ではVR機器を借りて気軽にメタバースの世界を体験することができる。手軽にVRを楽しめる施設がもっと浸透すれば、さまざまな人により多くの活躍の場が提供されるのではないだろうか。 筆者の二回目のVR体験は「メタバースって実際何が出来るの?」という話題で盛り上がったゼミ仲間を誘って行こうと思う。将来に不安を抱えている学生にこそ、「スグバース」でメタバースの世界を体験してみてほしい。きっと新たな夢や可能性、出会いがあるはずだ。
田中亜梨朱