松本人志「復帰」と百田尚樹の「30歳を超えた女」の「SF」に日本の「男社会」の強烈さを思う 北原みのり
作家・北原みのりさんの連載「おんなの話はありがたい」。今回は松本人志氏の訴訟取り下げと百田尚樹氏の発言と、日本社会について。 【写真】松本人志氏のXと、性加害疑惑を報じた「週刊文春」 * * * キオスクの店頭に並ぶスポーツ新聞、「松本 復帰」の文字がケバケバしく踊っている。足が思わず止まる。松本人志氏は自分が週刊誌相手に起こした裁判を取り下げただけである。それなのに、なぜ、復帰の話になっているのだろう? 松本氏が裁判を取り下げるというニュースが流れてきたとき、「良かった! 本当に良かった!」と、心から安堵した。女性が証言をすることで味わうだろう痛みや恐怖を考えれば、そんな負担、ないほうがいいに決まっている。だいたい松本氏が訴えを取り下げたということは、松本氏に勝ち目がない=「事実無根」と怒った週刊文春との闘いに勝ち目がないと認めたようなものだ。 訴えの取り下げにあたって松本氏の代理人弁護士は「強制性の有無を直接に示す物的証拠はないこと等を含めて確認いたしました」とコメントを出していた。歯切れが悪く、モノハイイヨウ、な表現方法である。そもそも週刊文春の記事も「物的証拠がある」という前提で書かれてはいなかった。記事は被害を受けたという女性たちの証言、その証言を支える客観的な証言やLINEなどのやりとりで構成されていた。当たり前のことだが、「直接的な物的証拠がない」ことは、被害がなかったことを意味するわけではない。 また、松本氏側の弁護士は、被害女性の実名を暴露するネット投稿を「証拠」として法廷に提出したり、実名を突き止めた被害女性を探偵業者に尾行調査させたり、弁護士を通じて出廷しないよう説得しようとしたりしてきたと報道されている。そのような行為は、どれほど女性たちを恐怖させたことだろう。そしてそれは、松本氏自身が、女性が証言することを恐れていた証拠でもあろう。 今、ネット上では「復帰はありえない」という声と、「おかえりなさい」というファンや身内からの声が激しくぶつかりあっている。ファンからすれば「長い沈黙で禊ぎを済ませた」くらいの気持ちなのかもしれないが、それではテレビ界であれだけの権力を誇っていた松本氏が一瞬にしてテレビから消えた理由は、何だったというのか。