【連載】嵯峨景子のライト文芸新刊レビュー スターツ出版注目作から白洲梓デビュー作まで、今読みたい5作品
『少女小説を知るための100冊』や『少女小説とSF』などの著作で知られる書評家の嵯峨景子が、近作の中から今読むべき注目のライト文芸をピックアップしてご紹介。今月は5タイトルをセレクト。(編集部) 【画像】紹介している各作品の表紙 ■長久『余命一年、向日葵みたいな君と恋をした』(スターツ出版文庫) 第8回スターツ出版文庫大賞の優秀賞とU18審査賞をW受賞した『余命一年、向日葵みたいな君と恋をした』。本作は余命宣告をされた少年が過ごす特別で忘れられない時間を描いた、瑞々しくも切ない恋物語だ。先天的な心臓の病がある高校生の耀治は、友達を作ると死ぬのが怖くなるという理由で、他人とは距離を置きながら生きてきた。そんな彼の唯一の趣味であり、生きがいとなっているのがスマートフォンで撮る写真である。ある日、耀治は真冬の川に落ちた少女を見かけ、誰かを救って死ぬなら最高の死に方になると思って救出した。それが、日向夏葵との出会いだった。自分とは対極の明るくエネルギッシュな夏葵に、当初は苦手意識を抱く耀治。 だが、耀治の写真には「深みのある解像度」が足りないという夏葵の言葉をきっかけに、二人は一緒に撮影旅行に出かけ、その答えを探しにいくことにした。「残り少ない君の余命、きっと充実させるからさ。暗い殻にこもるぐらいなら、私にちょうだい?」という夏葵の言葉の真意と、彼女が抱えている秘密とは――? 夏葵の登場をきっかけに耀治の世界は大きく動き出し、写真撮影のためにさまざまな場所へ出かけるようになり、友達の輪も広がっていく。病気であるがゆえにどこか諦めながら生きていた耀治の変化と、彼の写真に賭ける熱い思い、そしてこの世で過ごすであろう最後の夏が迎える思いがけない結末をぜひ見届けてほしい。 ■宮田眞砂『セント・アグネスの純心 花姉妹の事件簿』(星海社FICTIONS) 事故で母を亡くした神里万莉愛は、大叔母の母校である由緒正しいカトリック系ミッションスクール・聖花女学院の中等部二年に編入する。しかし、彼女は場違いなお嬢様学校に居心地の悪さを感じて心を閉ざしていた。学院の寄宿舎セント・アグネスでは、中等部生を若葉{フィーユ}、高等部生を成花{マフルール}と呼んでルームメイトにし、上級生が下級生を指導する花姉妹{フルール}制度が設けられている。万莉愛は、「奇跡の白雪」と慕われる高等部二年の白丘雪乃と花姉妹になるも、彼女に対しても反発心を抱いていた。 ある夜、万莉愛は聖アグネス像が歩いているという不可解な現象を目撃。その謎を鋭い洞察力で解き明かしたのが雪乃だった。以後二人は、すり替えられた手紙、バラバラに解体された古いテディベア、50年前に失踪した少女など、寄宿舎で起こるさまざまな謎の真相を探っていくことに――。本作は今野緒雪の『マリア様がみてる』や氷室冴子の『クララ白書』などに代表される少女小説の系譜と、新本格の流れをくむ学園ミステリであり、そこにデビュー作『夢の国から目覚めても』以来、作者が真摯に追求する百合小説のエッセンスも融合している。「この寄宿舎セント・アグネスではね、誰もひとりのままではいられないの」という雪乃の言葉の通り、次第に深まっていく少女同士の絆や登場人物の成長も読みどころだ。謎解き物語としては、現在と過去が繋がる第四話「花の繭」が印象深い。 ■宮田俊哉『境界のメロディ』(メディアワークス文庫) 本作はKis-My-Ft2のメンバーであり、オタク文化好きなタレントとしても活躍中の宮田俊哉の小説家デビュー作。高校で出会ったキョウスケとカイは、ピアノとギターの音楽デュオ「かにたま」を結成し、路上ライブで実力を磨いていった。二人はメジャーデビューという夢を掴むが、デビュー直前にカイが事故で急死する。失意のキョウスケは音楽から離れ、以後3年ものあいだ無気力に生きていた。そんなキョウスケの前に、カイの幽霊が現れる。忘れ物を取りにきたという言うカイに背中を押され、キョウスケは再びピアノを弾き始め、叶えられなかったインディーズ最後のライブに向けて動き出すが……。 物語はカイの死に囚われたまま前に進めなくなっている、さまざまな立場の人に光を当てながら展開する。相方のキョウスケ、ファン第一号のユイ、インディーズ時代のライバルバンド・サムライアー、カイの父でロッカーの天野ジン。それぞれの立場から紡がれるエピソードの中でも、とりわけ痛切で強い印象を残すのは、やはりキョウスケとカイのパートだ。性格も音楽のバックグラウンドも異なる二人が、この世とあの世の境界を越え、共に音楽を奏でていく。過去パートに登場する、二人の最初の出会いであるセッションシーンの躍動感も忘れがたい。強い絆で結ばれたキョウスケとカイの青春のきらめきとともに、音楽小説の醍醐味も味わえる一作だ。 ■鞠目『下の階にはツキノワグマが住んでいる』(ことのは文庫) もふもふ好きや、日々の生活に疲弊している人にぜひとも読んでほしいのが、第11回ネット小説大賞を受賞した『下の階にはツキノワグマが住んでいる』だ。アパレル会社で働くゆり子は、5年ほど暮らした賃貸マンションで火事が起きたため、引っ越しを決意する。新居は築35年の“動物入居可能”物件の2階。1階下の住人は、胸の三日月模様がトレードマークの、黒くて大きなツキノワグマだった。おだやかで優しいクマと仲良くなったゆり子は、おいしい食べ物や四季折々の行事をクマと一緒に楽しむようになる。そんな日々を過ごすうちに、ゆり子は絶縁していた母親との関係にも向き合えるようになり――。 物語の舞台はツキノワグマやキツネ、ゴリラや馬などさまざまな動物と人間が共存する社会。少し不思議であたたかな世界観が魅力的で、作中に登場するおいしそうな食べ物の数々も読みどころだ。クマの大好物のはちみつロールケーキやはちみつビール、店主の三毛猫が手掛けるおふくろの味風定食、寒い日に一緒に作ったお鍋……。なんでもない日常のささやかな喜びは、誰かと共有することでもっと輝き出す。疲れた人の心をじんわりと癒やし、生きる楽しさを思い出させてくれる、大人のためのファンタジーだ。今はあくまで「ご近所さん」という距離感のゆり子とクマの関係性が、今後はどのように変わっていくのか。続編にも期待を寄せたい。 ■白洲梓『最後の王妃』(集英社オレンジ文庫) 『威風堂々惡女』シリーズなどで知られる白洲梓のデビュー作が、集英社オレンジ文庫で新装版として登場。アウガルテン王国の名門貴族の娘・ルクレツィアは幼い頃から王妃教育を受け、15歳で皇太子シメオンに嫁ぐ。だが彼は一度もルクレツィアを顧みることなく、長年寵愛する下働きの娘・マリーを側室に迎え、跡継ぎとなる息子も産まれた。王宮で居場所を失ったルクレツィアは、それでも真面目に自らの責務を果たそうとするが、さらなる試練が彼女に訪れる。政治能力に欠けたシメオンは国を弱体化させ、敵対するエインズレイ国の侵攻を受けて母国は崩壊。シメオンはマリーと息子を道連れに自害し、国を背負うことになったルクレツィアは降伏の道を選ぶ。以後アウガルテンはエインズレイ国の統治下に入り、彼女は軟禁生活を強いられた。 だがエインズレイ国で謀反が起こり、ルクレツィアは政変に巻き込まれ――。物語はルクレツィアの激動の人生を中心に、不遇だが芯の強い女性が自らの足で立ち上がり、幸せを掴むまでの道のりをドラマチックに展開する。崩壊する国を背負い、苦難の道を歩むルクレツィアの転機となるのは、軟禁生活を送る彼女に仕える侍女ディアナとの出会い。ディアナの生き方に触発されるように、ルクレツィアは自らの生きる道を模索してゆく。ルクレツィアの成長譚に加えて、エインズレイ国の王子メルヴィンとの甘やかなロマンスも本作の読みどころだ。コンパクトにまとまった、上質なヒストリカルロマンである。
嵯峨景子