メン・オブ・ザ・イヤー・ブレイクスルー・ファッション・デザイナー賞 桑田悟史(SETCHU)──異色の経歴は、 ゴールのために選んだいばらの道
ビームスでキャリアをスタートし、サヴィル・ロウのハンツマンでテーラーリングを、ガレス ピューやジバンシィでモードを、そしてカニエ・ウェスト(現イェ)のもとでキャリアを積んだ。折り紙のように畳めるジャケットや着丈が調整できるニットなど、日本の伝統と欧米の文化を巧みにミックスした世界観が特徴で、満場一致でLVMHプライズを受賞。2023年のブレイクスルー・ファッションデザイナー賞を受賞した桑田悟史(SETCHU)を紹介する。 桑田悟史(SETCHU)──異色の経歴は、 ゴールのために選んだいばらの道の写真を見る
「“折衷”には他文化と融合するという良い意味もあれば、妥協とか折り合いをつけるといった後ろ向きな意味もありますが、その両方があるのが好きなんです。これまで、部分的に日本風の要素をミックスするブランドはあっても、それ自体をテーマにするブランドはなかったので、自分がやろうと思いました。“折衷”の考えには、混ぜるのではなく『共存させる』という日本ならではの感覚があるので、クラシックを大事にしながらもボーダーレスであるような、新しいことを追求していきたいと思っています」 「LVMHプライズ」を受賞して以来、桑田の周辺は大きく変わった。 「受賞後、携帯が熱いなと思ったら、大量のメッセージとSNSのフォロー通知が届いていて事の重大さを実感しました。決勝までずっと緊張していて、早く解放されたいという気持ちしかなかったので、自分の名前が呼ばれた時も、病院の待合室で呼び出されたくらいの感じでしたね。決勝のプレゼンテーションでは、服のストーリー性や存在感を魅力的に伝えるために、スティーブ・ジョブズのスピーチを参考にして挑みました」 サヴィル・ロウとカニエ・ウェスト 「自分はひたすらラッキーだった」と桑田は言うが、それだけではない。彼は明確なゴールに向かって、ひたすら努力を続けてきた。ビームスの販売員を経て、英・ロンドンのサヴィル・ロウでテーラリングを学びながら、セントラル・セント・マーチンズに通い始める。そして、イギリスの「ガレス ピュー」、フランスの「ジバンシィ」、アメリカの「イードゥン」、そしてカニエ・ウェスト(現イェ)のオフィスなど、ジャンルと国の異なるさまざまな現場で約20年の経験を積んできた。 「最初はサヴィル・ロウで仕事を得るために、英語がまだ下手だった僕は『仕事をください』と紙に書いて店をまわりました。サヴィル・ロウではないけれど1軒だけ雇ってくれた店があり、そこで誰よりも働き、その努力が認められてサヴィル・ ロウの老舗テーラー『ハンツマン』で職を得たんです。僕は、自分が信じることにとことん突き進むタイプ。楽して成功できるとは思っていません。でも、朝から夜中の4時まで働く日々でも、結局は楽しかったからやってこれたんだと思います」 イェことカニエ・ウェストと働いていた頃は、パパラッチを追いかけてカメラを取り上げたり、イェが自らケーキを買いに行き、故ヴァージ ル・アブローと桑田のサプライズ誕生パーティを開いてくれたりもしたという。そんな豪快なエピソードを桑田は楽しそうに話す。サヴィル・ロウからイェまで、さまざまな現場で培った技術と知識が桑田の武器だ。今やるべきことを把握し、問題が起こればこれまでの経験値で解決する。彼は、常に自分が成長するために必要な方向を冷静に選んできた。 「例えば、目標に対しての売り上げの数字や、投資などの戦略は、イードゥンでデザインディレクターとして仕事をしていた時に学びました。これ までのキャリアの積み重ねの上に現在があります」 イタリアに拠点を置いたのは、工場や製造のベースがあったから。そして、近い将来には自分でサンプルを作れる工房を持つのが目標だという。しかしながら、彼の野望はそこにはとどまらない。子どもの頃の夢は、デザイナーか料理人か釣り人だったという彼は、料理もかなりの腕前であり、水温を計って釣りをするほどのこだわりを持つ。それらを総合して、将来的には「SETCHU」でライフスタイル全体をプロデ ュースすることを目標としている。明確なビジョンを持ち、着々と実現してきた桑田。近い未来、それも現実になる日が来るだろう。 桑田悟史 1983年、京都生まれ。ロンドンのセントラル・セント・マーチンズ卒業後に「ガレス ピュー」、「ジバンシィ」、「イードゥン」などでキャリアを積み、2020年に「セッチュウ」を立ち上げた。折り紙のような構造のテーラードジャケットなど、和と洋の融合がブランドの特徴。 PHOTOGRAPHS BY TAKEHIKO NIKI WORDS BY MIKI TANAKA
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