『無職転生II』には“朝ドラ”的な魅力がある リアルな男の一代記としての面白さ
『無職転生』の第2期第2クールが始まり、この作品がただの転生ものを超えた領域にまで到達していることを痛感させられる。なんとあのルーデウスが幼なじみのシルフィエットと結婚し、そして立派に家まで買っているではないか。毎週のんびりとルーデウスの冒険を楽しみに視聴していたのだが、気づけばルーデウスに人生のライフイベントを先に越されていて、唖然とさせられた。 【写真】シルフィをバックハグ! 大人になったルーデウス しかし、ここで物語が終わりかと思えば、ここから第2期第2クールが本格的に始まるのだから驚かされる。第1期の始まりは、転生して幼少期から新たな人生がスタートし、ヒロインたちにモテて強くなっていく……という転生ものにおけるテンプレートな展開を脱していなかった。だがルーデウスが成長していくにつれ、少しずつ他の異世界ものの作品とは様子が違うことを感じ始めていた視聴者は多いのではないだろうか。 『無職転生』がほかの異世界転生ものと一線を画すのは、物語のメインが「ルーデウスの人生そのもの」にフォーカスされていることなのである。 友人や家族との出会いと別れはもちろん、魔法学園での学びを経て、再会した幼なじみと結婚して家を買う。もはや転生ものではなく「男の一代記」としての面白さが前面に出てきている。“元カノ”(と言いきってしまうのは語弊があるかもしれないが)・エリスとの別れを含め、シーズンごとに舞台や登場人物も大きく変わっており、主人公・ルーデウスも身体的にも精神的にも著しい成長を遂げているのだ。 異世界に転生、または転移や召喚を召喚することで人生をやり直す作品は、今や溢れに溢れている。日本語由来の「Isekai」がオックスフォード英語辞典に掲載されたことでも話題になったほどだ。いわゆる異世界系作品は、それほどに人気を得ている一方で、アニメ作品としての差別化も難しくなっている。だからこそ、『無職転生』の異世界設定を無視したストーリーが刺さるのだ。あくまでこの作品にとって異世界は“舞台”なだけであり、そこから組まれるストーリーはある種飛び道具なしの実に泥臭いものである。 加えて、この作品にはもう一つ特筆すべき点がある。それは「転生前は努力をしなかったことで、ろくな人生を歩めなかったからこそ、転生後はその反省から努力を怠らなくなる」というテーマだ。もちろん魔法を使った激しいバトルシーンは非常にワクワクするし、古典的な英雄譚の風格を感じさせるものの、ルーデウスは決して“無敵”ではない。 魔法の才能は類まれなるものであるが、その力もロキシーとの訓練や実践によって大きく実らせたものである。さらに、冒険の中ではルーデウス以上の強者が数多くおり、例えば龍神オルステッドとの戦いでは普通に負けたりもする。でも、それでいいのである。本作を重厚な一代記とするならば、「負けのない人生」など本来あり得ないのだから。もはやここまでくると“朝ドラ”である。 さらに、人生そのものにフォーカスされているからこそ、女性キャラとゴールインすることが目的になっていないところも面白い。もちろん本作では、お決まりのハーレム展開にルーデウスが鼻の下を伸ばしたり、なかなか際どい描写も含まれている。しかしそれらはあくまで作品の息抜き的なギャグ要素であり、ルーデウスは行動原理に「女の子にモテたい」が据えられているタイプではない。家族として自分を支えてくれる人物との結婚は、意外と真面目な彼にとって、あくまで幸せな未来へのスタート地点なのだろう。 本作がヒロインとのゴールインを真の“ゴール”に定めないところは、幸福の絶頂の後も人生は良くも悪くも続いていくことを思わせる。実際に、第2期第2クール後、シルフィエットとのゴール後もルーデウスの人生は現在進行形で続いている。個人的にはエリスのキャラクターを気に入っていたので、今後の展開が非常に気になるところ。こうした登場人物たちの出会いが年月を重ねた上で交差していく様子もまた、実にリアルだと感じた。 1話につき30分というアニメの構成の中では、毎話観ている間はルーデウスの大きな変化に気づかないかもしれない。しかし、ふと我に返った時、身体的にも精神的にも「なんだかルーデウスが成長した?」と思わされるような部分があるはず。彼の苦難の日々を共に歩んできたからこそ、まるで親戚の子どもを見るように、ルーデウスの人生を“見守りたくなる”。ルーデウスの小さな変化に気づいた時、彼を見つめる自分の視線の中に、親心のようなものが芽生えていることを自覚させられるだろう。
すなくじら