薬物依存はなくせるか(下)「生きづらさ」が薬物依存を生む
THE PAGE
薬物依存症の人々の再出発を支えるには、社会的な受容度も問われる。薬物依存症にくわしい国立精神・神経医療研究センターの松本俊彦・薬物依存研究部長は、元プロ野球選手の清原和博被告の薬物問題を例にとり、失敗した人間を容赦なく攻撃する風潮を懸念するとともに、「米国では、麻薬経験のあるオバマ氏だって大統領になれました。もっと病気の人を応援できる社会になれないかと思います」と訴える。 この連載では、薬物依存について日本ダルク本部・近藤恒夫代表の壮絶な実体験と、回復の過程を記してきたが、たとえ違法な薬物をこの世からすべて消し去ったとしても、問題の根本的な解決には必ずしもならない。薬物依存をなくすことは、患者の根本にある「生きづらさ」のケアをすることそのものだ。もし、あなたが清原被告と友人だったら、彼に何をどうやって伝えるだろう?
「生きづらさ」を抱える人の心のケアが重要
「薬物依存の問題というと、薬物ばかりにフォーカスが当たりがちですが、それを使う人間の方にもより光を当てる必要があります」と松本部長は強調する。 たとえ、薬物依存の患者が薬をやめたとしても、今度はアルコール依存やギャンブル依存、セックス依存などに移行する場合も多々あるのだという。つまり、世の中に薬物が存在しなかったとしても、それらの人々は別の依存症に陥る可能性がある。 依存症に陥りやすいのは、幼少期に両親の不和で家庭での居場所がなかったり、いじめられた経験があったり、性的虐待を受けた経験があったりするなど、生きづらさを抱えて生きている人。こうした人たちが薬物を摂取した場合、快感の度合いはより大きく、それが繰り返して使用する動機となる。 松本部長に言わせると、依存症に陥る人の多くは意志が弱いのではなく、逆に強い反面、人に頼るのが下手で、むしろ“依存できない病”なのだ。「私たちは、職場や家庭などで、愚痴を言ったり、助けを求めたり、といろんな人に頼って生きていますが、依存症になりがちな人は周囲に何も言えず、自らの生きづらさを薬だけ、酒だけで何とかしようとしてしまいます」。人に助けを求め、愚痴を言っても構わないと、若いうちからいかに浸透させるかも大切と指摘する。 薬物を含む依存症の予防に向けて、生きづらさを抱える人の心をケアする社会資源の充実が必要と松本部長は説く。たとえば学校なら、子供が助けを求めた時に誰かが手を差し伸べられる環境の整備など。「依存症は決して恥ずかしくはありません。適切な支援によって人に頼る大事さや、辛い思いを話しても良いと知って薬物をやめられたら、人生はより深まり、上手な生き方ができる人間として成長していけます」。