口と胃の意見が一致しないときに「中村麺兵衛」の「厚みかつ丼そば」に惹かれる 都内や関東近郊にこんな店があったとは
【肉道場入門!】絶品必食編 口と胃の意見が一致しないときがある。 典型が二日酔いの日。口が食べたいものに対して胃が拒絶反応を示すことがある。こういう日に蒸れた白米の香りはご勘弁。つるっとたぐれるそばがいい。だが冷たい麺だけでは物足りない。 たとえば「かつ丼のもりそばセット」などは実に引力が強い。冷たいそばにわさびやつゆの旨味が二日酔いの体を心地よく通り、つゆの染みたとんかつも幾分軽やかな印象だ。 だが「いざ」となると、腰が、胃が引けてしまう。かつ+丼となると重量感が増すし、セットとなればなおさらだ。 逡巡しながら、渋谷を歩いていたら、「かつ丼・そば」と書かれた、引力の強い袖看板がビルから突き出している。 路上には「厚みかつ丼そば」と書かれた写真つきの看板が置かれ、ぶっかけそばに厚切りかつが乗った写真が店内へと背中をぐいぐい押す。 時刻は午後2時。(二日酔いの)体調と現在の食欲を照らすとこれ以上の選択肢はない。 店内に入ると、食券制の立ち食いそば的なセルフスタイルでサクッと食べたいいまは、むしろ歓迎。風情よりも食欲だ。 待つことしばし。平皿に盛られたぶっかけそばには堂々たる厚切りとんかつが3枚乗っている。後ろに控える大根おろしにわさびという黄金の薬味コンビは、とんかつにも合う。 まずはとんかつの下あたりで、少し温んだそばを一口。少し甘めのつゆにおろしとわさびという組み合わせが悪かろうはずがない。しかもそばは十割そばだという。鼻の奥から穏やかながら、しかし確かにそばの香りが立ち上る。 そしていよいよメインの厚切りかつだが、これが本当に分厚く、衣のサクッとした食感が心地いい。だし香る甘やかなつゆに浸すと、ほのかにかつ丼のアタマにも近しいニュアンス。奥の黄色い天かすも、天ぷらを揚げているからこその自家製の本格派。〝揚げ玉〟ではない。 厚切りかつにそばつゆを浸してそばをたぐる。特に厚切りは肉の比率が多く、衣の油がきっちり切れていればさほど重くない。ああ、セット以外の選択肢がある幸せよ。まさか2017年からこの地にあったとは。そればかりか、都内や関東近郊にも何店かあったとは。この「中村麺兵衛」という店。またぜひのれんをくぐりたい。 ■松浦達也(まつうら・たつや) 編集者/ライター。レシピから外食まで肉事情に詳しい。新著「教養としての『焼肉』大全」(扶桑社刊)発売中。「東京最高のレストラン」(ぴあ刊)審査員。