カズレーザー、北方謙三に痺れる!『黄昏のために』刊行記念対談「ハードボイルドの流儀」
ハードボイルドの世界観
カズ 「赤い雲」に、昔、絵描きで、今は居酒屋をやってる親父が出てくるじゃないですか。主人公と居酒屋の親父が会話するシーンを読みながら、我ながら嫌な考え方だなと思いつつも、自分の周りにも、少し共感できて、でも、自分よりちょっとだけ不幸なやつがいたら、俺もハードボイルドっぽい世界観に浸れるんじゃないかって思っちゃったんです。やっぱりハードボイルドの主人公には、ずっとかっこつけててほしいんですよ。そして、傷ついてる人が周りにいたら、そういう世界観が広がるな、ハードボイルドっぽい世界だなと思ってしまった。でも、自分の周りにちょっと傷ついてる人が欲しいなんて、メッチャ嫌な発想じゃないですか。自分って嫌なやつなんだなと思いながら、先生の短篇を読んでたんです。
北方 でも、それは本当に嫌な発想かな。現実だったらそうかもしれないけど、小説を構成するうえにおいては、やっぱりちょっと駄目なやつが要ります。 カズ 「アローン」の玉置もそうですかね。友人の玉置から電話がかかってきて、主人公は「いきなり飲もうと言ってくるのは、めずらしいことだ」と思いますよね。その時点でうっすら、よくない話がありそうだなとにおわせてる。主人公と玉置の関係性だったら、たぶん何も言わなくても結末のシーンは成立したと思うんです。玉置が若い女房との間に何かあったらしいことはわかる。でも、最後、「もう、いないんだよ」と玉置に言わせたじゃないですか。残酷だけど、やっぱり彼も言いたかったんだろうなと思いました。 北方 だからタイトルが「アローン」なんですよ。よく読んでるなあ。なんか俺、居心地悪くなっちゃった(笑)。 カズ いえいえ、玉置の立場になって考えた時、急に電話したのに、主人公が一緒に飲むと言ってくれただけで、うっすら感じ取ってくれたんだなと思うじゃないですか。だから、最後まで黙って飲んでてもいいはずなのに、玉置は言うんだなって。これがハードボイルドかと。 北方 黙って飲むと、男どうしで傷をなめ合う格好になるもんな。 カズ 玉置にひと言だけ言わせて、でも、泣いてるところまでは主人公は見ずに、グラスの氷を見つめて、飲んでるんですよね。 北方 そこで、バーテンがスッと離れていく。私はああいうバーテンダーが欲しいんです。 カズ メチャクチャかっこいいんですよ。あの話に出てくる人は、バーテンも含めて、全員プロですよね。そこがかっこよくて、ハードボイルドだなと。 北方 カズさんにとっては、ちゃんと整理されて書かれた小説というのはハードボイルドなんだと思いますよ。ハードボイルドというのはグチャグチャ心理を書かずに、ふとした瞬間、一言だけしゃべらせるから、人間を理解しやすい。 カズ それこそ画商の吉野みたいに、難しい言葉を次々に出してくれたほうが、「こうなのかな」と勝手に思えるというか、正解っぽいことを見つけられるんですけど。先生の小説は、書かれてない部分が多いから、ほんとはどうなんだろうと迷っちゃう。結局、自分がこうあってほしいなという一番かっこいい状況を文章から読み取っていくから、僕はハードボイルドにメチャメチャあこがれてるんだなって読んだ後に思ったんです。 北方 本当のハードボイルドは、書かないことなんですよ。だから、行間ですね。行間だけがある。私の新刊をハードボイルドと読まれるとは思わなかったから、意外ですけど、そうやって読んでいただくとうれしいですね。 カズ かっこいい小説でした! 北方謙三(きたかた・けんぞう) 一九四七年佐賀県唐津市生まれ。八一年『弔鐘はるかなり』で単行本デビュー。二〇一六年「大水滸伝」シリーズで第64回菊池寛賞、二四年『チンギス紀』で第65回毎日芸術賞ほか、受賞多数。一三年に紫綬褒章、二〇年に旭日小綬章を受章。 カズレーザー 一九八四年埼玉県生まれ。同志社大学商学部卒。二〇一二年に結成したお笑いコンビ「メイプル超合金」のボケとして活躍するほか、クイズ研究や読書など、多ジャンルに造詣が深い。著書に『カズレーザーが解けなかったクイズ200問』。
北方 謙三,カズレーザー/オール讀物 2024年7・8月号