最も悲しいゴールの瞬間 降格で浦和が涙も…なぜか喜んだルーキーの“勘違い”秘話【コラム】
事情を把握していなかった池田は、福田のVゴールの瞬間喜びを露わに
延長後半1分、小野の左ショートコーナーからゼリコ・ペトロビッチが広島守備陣の背後に絶品パスを入れると、福田が右足を目いっぱい伸ばし左隅にVゴールを蹴り込んだ。 次の瞬間、仰天させられる情景が広がる。えびす顔の池田が消沈する福田に後ろから抱き着いた。脱力状態のエースは、沈うつな表情で池田の手を払いのけた。 号泣する福田を見て、「もしかしてこれは……」と池田は何とも言えない感情に襲われたそうだ。 「勝てば90分でも延長でも残留だと聞いていた。監督からも『勝てばいい、勝てばいいんだぞ』と言われていたんです。あのコーナーキックにしても、自分が決めてやるぞって意欲満々で上がりました。延長で勝っても駄目だなんて全く知りませんから、決勝点を取ってヒーローになってやろう、みたいなイメージでゴール前に行ったんですよ」 90分が終わると、福田はうつむきながら何度か顔を横に振った。涙ぐむペトロビッチ、山田暢久は顔をしかめ、永井はひざを折った……。 ベンチの雰囲気やチームメートの表情、スタジアムの様子など何か異様な空気を察しなかったのか? 池田は後年、「延長に入る前、『あれ?』って感じは少しありましたけど、変に気を回すより勝てばいいんだ、ということしか頭になかったんだと思います」と述懐する。 新人に過度な重圧を掛けないよう、池田には知らせなかったという話も聞いたが、真実は定かでない。 試合前から池田の耳には、90分勝ちとかVゴールという言葉は入ってこなかったという。「それを言ったら弱気になるので、あえて口にしなかったのかもしれませんが、実際のところは分かりません」と語る。 はっきり記憶していることもある。延長のピッチに入る前、ペトロビッチの尻をたたき、「さあ行こうぜ」と気合を入れた。振り返ると顔から火が出る思いがするそうだ。 「ペトロさんの中ではすごくプロフェッショナルに映ったかもしれない。『お前、この状況でまだ頑張ろうって言えるのか』みたいな。反対に僕の方は『何でそんなに元気がないの? 頑張りましょう』って感じの声掛けをしてしまった気がする。全く、恥ずかしながらですよ」 池田にとってあの試合は一世一代の大勝負だった。勝つことだけに神経をすり減らしたが故、奇っ怪な振る舞いに及んだ。しかし19歳とはいえプロなのだから、情勢を理解していなかったのはいただけない。後になって池田は、戯曲のような行為が骨身に応えた。 [著者プロフィール] 河野正(かわの・ただし)/1960年生まれ、埼玉県出身。埼玉新聞運動部で日本リーグの三菱時代から浦和レッズを担当。2007年にフリーランスとなり、主に埼玉県内のサッカーを中心に取材。主な著書に『浦和レッズ赤き激闘の記憶』(河出書房新社)『山田暢久火の玉ボーイ』(ベースボール・マガジン社)『浦和レッズ不滅の名語録』(朝日新聞出版)などがある。
河野 正 / Tadashi Kawano