【2023年総括】ライター陣とTABチームが語る、今年のアート界。そして24年期待の展覧会を大公開!【座談会】アート界ゆく年くる年(後編)
ライター、アーティスト、編集者らが集まって、2023年のアート界を総括!
毎年恒例、今年1年のアート界を総括する座談会。今回はライターの浦島茂世、杉原環樹、アーティスト・キュレーターの半田颯哉、「バベルの塔展」(2017)の元マスコットで、いまはX(Twitter)で展覧会を紹介しているタラ夫をお招きし、TABのコントリビューティングエディター永田晶子、編集部の野路千晶、福島夏子を交えて開催した。 後編は、昨今の「入館料高すぎ問題」や、教育普及プログラム、アートフェア、パブリックアートなど、アート界のトピックを総括。そして2024年の気になる展覧会を一挙紹介します。(取材日:2023年11月末)
展覧会の入場料高すぎ問題
福島:さて後編は、今年気になった・もしくは共有したいトピックスについてお話しできればと思うのですが、まずは何からいきましょうか? 野路:事前に参加者で行ったアンケートのなかで、みなさん共通して美術館の在り方という部分が気になっていらっしゃるなという印象を受けました。私も美術館は開かれていてほしい、いろいろな人の受け皿であってほしいと思っているのですが、そのときにネックになるのが、昨今、やたらと高くなっている入場料かなと。 タラ夫:それにはぼくも同感です。でも、日本の公的な美術館が、新聞社やテレビ局のような民間企業と一緒に展覧会を作っている以上、ある程度仕方のないところでもあると感じています。そもそもの根源をたどっていくと、やはり国が国家予算として文化行政にお金をちゃんと使っタラ……という結論に行き着いてしまう。 ある新聞社の文化事業部の人に聞いた話によると、じつは昨今の値上げによって、かれら側がより多くの利益を得ているかといえば、じつはそうではないらしくて。入場料金はコロナ以降に顕著に値上げが進んだけど、ウクライナ戦争もあって輸送費がとても高くなっていることや、日本円が弱くなっていること、さらに人件費や資材費もかさみ、これまでにないくらい展覧会を作るのにお金がかかっているみたい。チケットの金額が1.5倍になっているとしたら、おそらくコストもそれ以上かかっている。なかの人たちも心苦しそうだけど、美術館とたくさんの協議をして、値上げをしたときのパブリックの反応などを考慮しながら、最後の最後まで検討を重ねているみたいだよ。 半田:ちょっと踏み込んだ質問なんですが、予算の配分としては、館と、出資者としてのマスメディアと、スポンサーと、助成金と、入場料とがあると思うんですけれど、比率ってどれが一番大きいんですか? タラ夫:いちばん大きいのは入場料と言われているよ。それ以外にグッズや音声ガイド、スポンサーなどがあり、そこに対して支出も同じくらいかかってくるらしい。助成金は、展覧会次第で申請したりしなかったり。あとはたとえば美術品補償制度という国の補償制度があって、文化庁が、作品を海外から持ってくるときにかかる莫大な保険料の一部を補償してくれるおかげで、名画や一級の作品を日本に持ち込めるようになるということも。 永田:私は1988年に毎日新聞社に入りました。ずっと記者職だったので事業関係は詳しくありませんが、1990年代ぐらいまでは社内的に展覧会で利益を上げようとする雰囲気はあまり感じませんでした。1990年代後半は国内の新聞販売部数がピークを迎え、当時の新聞社の収益の柱はまず新聞販売収入(購読料)で、次が広告収入でしたから。でも、2000年代半ばから新聞の販売部数は大きく減り、ビジネス構造も変化して、美術展など事業部門が収益に占める割合は業界全体で以前より大きくなっています。 かつて展覧会や顕彰事業は、新聞社にとってある種の社会・文化貢献でした。たとえば、1970年の「人間と物質」展がとくに知られる日本国際美術展(通称・東京ビエンナーレ)は、毎日新聞社が1952年に創設して1990年まで続きました。国際展なので海外から作品を輸送するコストもかかり、まず儲からなかったと思うんですが。しかし、本業の収入が減っているいまは、新聞社の展覧会事業もよりビジネスへとシフトせざるを得ない。いっぽう、美術館も「官から民へ」の流れが強まり、国立博物館・美術館は2001年に独立行政法人になって経営力の強化が課題です。美術館と展覧会を支えてきた新聞社などメディアの双方が転換期を迎え、これまで以上に収支にシビアにならざるを得ないなかで、いわゆるブロックバスター展のような枠組みが続く限り、入場料は高くなっていくと思います。 半田:コレクションを持っている館だと、コレクション展の値段は500~1000円程度で据え置きにしているところが多いと思うのですが、国公立の美術館が持つコレクションって、僕らのものでもあるわけじゃないですか。それを1000円かけないと見られないという状態で、しかも下手したら、何かしらのフィルターを通したラインナップで、僕らの歴史を知るためのアクセス先になっていなかったりもする。そうしたときの美術館の公共性って、いったいなんなんだろうと。逆に言えば、儲けるところで儲けてもらってよくて、そのお金でコレクション展をよくしていってほしいと、僕は思います。 永田:最近の企画展の入場料は、国公立館のほうが私立館より高い、いわば「逆転現象」が結構起きていますね。もちろん展示規模の違いや、海外借用作品の有無など様々な理由があると思いますが、とはいえ「美術館の公共性とはなんだろう?」と思ってモヤモヤします。私立美術館だからこそより多くの人に存在を認識してもらい、公共性を高めていこうとする理念が低めの入場料に反映されているケースもありそうです。 福島:いっぽうで、私立でも企業や財団の理念によって大きく変わってきますよね。先日オープンした麻布台ヒルズギャラリーの「オラファー・エリアソン展」(11月24日~2024年3月31日)は一般入場料が1800円で、さすがに強気すぎるというか、ビジネスや興行として展覧会が位置付けられていると感じました。麻布台ヒルズのテーマは「Green&Wellness」で、サステナブルでクリーンな新しい都市計画を標榜しているようですが、この価格設定からは排他的・選民的な印象が拭えません。2020年に東京都現代美術館でやったオラファー・エリアソン展は一般1400円でしたが、この美術館での個展より、麻布台ギャラリーの展示規模は半分以下です。いろいろ高騰しているとはいえ、なんだかなあと思います。 浦島:キランキランした作品も1つしかなかったしね。 福島:この入場料から、美術館クラスの展覧会が見られると思ったお客さんは肩透かしを食らっちゃうんじゃないかな。その経験が現代アートへの不信感につながってしまったら残念だなと感じました。 杉原:不況なのに、いやむしろ不況だからこそ値段が上がっていて、それゆえに経済的な余裕がなければ展覧会を見られないという、すごく不幸な循環になっていますよね。 永田:美術展は経済的に余裕がある人が楽しむものという認識が広がったら問題ですね。この傾向が進めば、アートがさらなる分断を生んでしまう恐れも出てきます。 半田:かといってそこで分断を起こさないようにしすぎると、パブリックミュージアムは、ますます議論を生むような美術を扱わなくなるようにも思いますね。