悪魔と天使を操る方法が記された!「魔導書」3000年の系譜『ビジュアル図鑑 魔導書の歴史』の中身
『ハリー・ポッター』から『ドラゴンクエスト』まで、映画や漫画、ゲームなどの創作の世界では〝魔術〟は当然のように存在するものとして扱われているが、その基本的な元ネタとなるのは、中世から近世のヨーロッパに出回った魔導書だ。 【画像】すごい……ソロモン王の魔法陣! 魔導書(グリモワール)とはフランス語で魔術について書かれた書物のことを指し、狭い意味では悪魔や精霊、天使を呼び出す方法や、そのための魔法陣などのデザインが描かれた書物を指すが、広い意味では魔術に関して記された古文書全般を意味する場合もある。 この『ビジュアル図鑑 魔導書の歴史』(河出書房新社)では古代中東、中国から植民地化後のアメリカ大陸にいたるまでの範囲で、護符やお守りから本格的な精霊召喚のためのマニュアルまでを扱っている。中世には儀式魔術は一般教養として学ぶべき科目として扱われていた。「魔導書」は芸術、科学、魔術の境界があいまいだった時代には〝知〟と〝芸術〟の粋を集めたものでもあったのだ。本書ではそんな古今東西の「魔導書」について豊富な資料写真とともに紹介している。その一部をここで紹介する。 ◆パピルスに記された『死者の書』 最古の魔導書の一つは紀元前から古代エジプトで使われていたパピルスに記されたものだった。有名な『死者の書』は古代エジプトの墳墓から発掘される副葬品で祈祷文や復活のための呪文などが記されたものだ。 『ネフェルレンペトの死者の書』(前1279~前1213年)は古代エジプトのレリーフ彫刻家による死者の書の一部で、パピルスにインクで描かれている。このような巻物には、死者のあの世での旅を助けるための一連の呪文が書かれ、補助的な挿絵も示された。このような巻物の内容には厳密な統一性はなく、明らかに地位の高い人物の依頼通りに書かれたのではないかと思われるものもある。挿絵には、門の前にひざまずいて死と死後の世界の神オシリスら神々を崇拝する人物が示されている。 『レリの死者の書』(前305~前30年)の断片はヒエラティックという古代文字で書かれている。追い払われる蛇とそれに関連するテキストは他の死者の書や、墓の壁にも書かれているようなもので、次のような内容が書かれている。 「おお、レレックの蛇よ、起きよ。ゲブが私を守ってくれるから。起きよ、お前はラーの嫌うネズミを食べ、腐った猫の骨を噛んだのだ!」 ゲブとは太陽神ラーの孫で、大地の神格化である。また、別の断片では死者がワニに対して使用する呪文を紹介している。「危険な者よ、退け! 私に敵対するな、私の魔法に従え」という言葉で始まり、「魔法によって生きるワニは(私の魔法を)奪えぬ!」で終わる。古代エジプトの信仰では、蛇やワニなどの危険な動物は霊的な世界でも脅威だったようだ。 ◆ヨーロッパに君臨した偉大なる魔術王・ソロモン 魔導書について語るうえで必ず出てくる名前といえばソロモン王だろう。聖書によればソロモン王(在位前970年~前931年)はエルサレムの大神殿を建設してイスラエル王国の最盛期を築いた。だが聖書に「魔術師ソロモン」についての言及はない。では、魔術師としての彼の名声はいかにして広く浸透するようになったのだろうか? それは一般に『ソロモンの遺訓』と呼ばれる文書の影響のようだ。彼の著作とされるこの文書には、彼が悪魔と何度も対峙し、克服したことが記され、有名なソロモンの印章、指輪についての記述も含まれている。 ある時ソロモンが吸血悪魔オルニアスに悩まされていた若者のために神殿で祈りを捧げていると、大天使ミカエルが天から現れ、五芒星の神の印(後には六芒星も使用される)が刻まれた指輪をソロモンに授けた。その指輪の所有者はすべての悪魔を指揮する力を与えられるという。このことから何世紀にもわたって、ヨーロッパと中東の主要な宗教圏のすべてにわたって、偉大な魔術師ソロモンのイメージが根付いたのだ。 15世紀になると、新たにソロモンの魔導書として『ソロモンの鍵』が登場し、ソロモンはヨーロッパの魔術の伝統の中心にさらに大きな地位を占めることになる。『ソロモンの鍵』は、16~17世紀にさまざまなバージョンが普及し、泥棒への対処、心の問題、透明になる方法などのイラストや説明、霊を呼び出す方法など、実践的な魔術が満載の魔導書となった。単一のバージョンはなく、ソロモンの名前と印章さえあれば、〝著者〟が思いのままに実践的な魔術知識を書き加えることも可能なものとなっていった。 ◆旅芸人だった? ファウスト博士 15世紀、ヨーロッパにおける活版印刷の発明は魔導書にも大きな影響をもたらした。聖書や宗教学の本だけでなく、悪魔学や錬金術に関する本も大量に印刷されることで、それらの知識はこれまでよりも広く一般に知れわたるようになった。そして印刷の力は新世代の伝説的な魔術師を生み出すことにもなる。その中でも悪名が高いのはファウスト博士だ。 歴史上のファウストに関する最も古い記述は、修道院長でオカルト哲学者のヨハンネス・トリテミウス(1462~1516年)が書いた手紙に登場する。それによると、実在のファウスト博士は自らを「死霊術師の王子」と称し、大言壮語の多い旅芸人だったという。 死後、数十年が経って、ファウストはヨーロッパの伝説的な魔術師として語り伝えられる存在となる。実はそれは印刷機のおかげだった。架空のファウストに関する最初の印刷物は、16世紀後半にドイツ語で出版された。その内容はファウストが魔導知識を高め、他者を超える新たな力を獲得するべく、悪魔の手先メフィストフェレスと契約を結ぶという物語だ。だが力を得られるのは限られた期間だけで、約束の期日がくるとサタンがファウストの身も魂も奪うというもの。 この〝ファウスト伝説〟は各国語に翻訳されて印刷され、その後も何世紀にもわたって多くの芸術家や作家に影響を与えた。その中で最も有名なものはドイツの詩人で劇作家のゲーテの代表作である『ファウスト』だ。ファウストの物語は、悪魔的な力との契約に取りつかれた人々への警告として、19世紀に入ってからも、ヨーロッパ中の大衆文学で何度も取り上げられた。 魔導書の歴史をたどっていくとそれらは先人から受け継いだ知識である魔術を学び、さらに独自の要素や解釈をつけくわえて、さらに後世へと繋いだ人々の存在が浮かびあがってくる。彼らは、時にはお金を稼ぐ目的で、また時には自身の作品としてソロモンやファウストを偉大な魔術師に変えた。 現代でもわれわれの周囲は魔法や悪魔の世界をモチーフにした創作物で溢れている。魔術の系譜は今でもゲームデザイナーや映画プロデューサー、漫画家、小説家たちに受け継がれているのだ。 『ビジュアル図鑑 魔導書の歴史』(オーウェン・デイヴィス著、辻本よしふみ、辻本玲子訳/河出書房新社)
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