セカンド・トーマス礁巡る中国の暴挙、米中衝突の新たな火種に急浮上
■ セカンド・トーマス礁、米中衝突の新火種に フィリピンは、南シナ海の排他的経済水域(EEZ)内で、同国が実効支配するセカンド・トーマス礁(タガログ語:アユンギン礁)に、揚陸艦「シエラマドレ号」を意図的に座礁させた軍事拠点を確保している。 【写真】フィリピン輸送船に向けて放水銃を発射する中国沿岸警備隊 そこに物資を運んでいた補給船や巡視船に対し、中国海警局の艦船(以下、海警船)などが衝突や放水、レーザー照射などの攻撃的・威圧的な行動を繰り返している。 このような行動は、中国が物資補給を阻止する作戦を再開して以来、9回に上るという。 特に、今年3月23日には中国海警船が補給船に放水砲を発射し、3人の乗組員を負傷させ、補給船に損傷を与える最も攻撃的な事件に発展した。 セカンド・トーマス礁は中国が南シナ海のほぼ全域の領有権を主張する「九段線」のすぐ内側にあり、中国が7つの岩礁を埋め立て、人工島を造成し、軍事基地化した南沙諸島のミスチーフ礁からわずか32キロ東にある。 フィリピンによる南シナ海での中国の行動に対する提訴を受け、南シナ海仲裁裁判所(オランダ・ハーグ)は2016年7月、同海のほぼ全域に及ぶ中国の「九段線」内の領有権の主張を全面的に否定する裁定を下した。 しかし、中国は、この裁定を「紙切れにすぎない」として完全に無視した行動をとっているのだ。 米国は、1951年にフィリピンと相互防衛条約を結んでいる。既に条約締結から70年以上が経つ。 今年3月、 フィリピンを訪問した米国のアントニー・ブリンケン国務長官は、同条約に基づく南シナ海での武力攻撃からフィリピンを守るという「断固たる」コミットメントを支持すると述べた。 セカンド・トーマス礁を巡る比中の対立は、尖閣諸島や台湾に次いで、米中衝突の新たな火種となっている。
■ 反米・親中から親米・反中へ 米中対立が深まるなか、フィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ前大統領(2016年6月~ 22年6月)は、米比相互防衛条約がありながら反米感情を露わにし、経済関係を重視する観点から反米・親中路線に舵を切った。 2022年5月の大統領選に当選したフェルディナンド・マルコス・ジュニア氏は、明らかに方針を転換し、従来の親米・反中路線に復帰した。 毎日新聞(2024.3.30)によると、ドゥテルテ政権が南シナ海の領有権問題で中国に譲歩する「密約(申し合わせ)」を結んでいたとする疑いが、当時の政府報道官のインタビューで明らかになった。 それによると、フィリピンは軍事拠点としているセカンド・トーマス礁などで、建造物の修繕や新設を行わない「現状維持」を約束する見返りとして、中国が食糧補給を容認する一方、フィリピンは中国に対し、中国が軍事基地化したミスチーフ礁に構造物を設置しないことを求めたという。 現マルコス政権は、軍事拠点とした揚陸艦の老朽化に伴い、その修繕や他の構造物の設置を検討している。 これに対して反発を強める中国は、前述の通り、攻撃的な行動を繰り返しているが、今も前政権の申し合わせが有効だと考えている節があり、それが中国による阻止行動の一因になっていると見られている。 マルコス大統領は2023年5月、米ジョー・バイデン大統領の招きに応じて訪米し、ホワイトハウスで米比首脳会談を行った。 その際、同大統領は「フィリピンは現在、おそらく世界で最も複雑な地政学的状況に置かれている」との見解を示し、「こうした状況下で、フィリピンが唯一防衛条約を結ぶ国(米国)に目を向けるのは自然なことだ。南シナ海・アジア太平洋で高まる緊張に直面するなか、両国関係を強化し、再定義したい」(括弧は筆者)と述べた。 そして、両国の声明ではウクライナ情勢にも触れ、「国際的に認められた国境におけるウクライナの主権、独立、領土一体性を支持する」との文言を盛り込んでいる。 翻って、米比両国は歴史的に関係が深く、1992年に駐留米軍が撤退した後も相互防衛条約および軍事援助協定のもと、紆余曲折はあったものの両国の協力関係を維持してきた。 両国は1998年2月、「訪問米軍地位協定(VFA)」を締結し、2014年4月には、フィリピン軍の能力向上、災害救援などにおける協力強化、米軍のローテーション展開、米国によるフィリピン国内拠点の整備、装備品・物資などの事前配置を可能とする「防衛協力強化に関する協定(EDCA)」に署名した。 これに基づき、2016年3月、防衛協力を進める拠点として米国が5か所の比軍基地(うち、陸軍駐屯地(飛行場あり)1か所、空軍基地4か所)を使用することについて合意した。 中国との宥和に傾いたドゥテルテ大統領は、VFAの破棄を米国に通告するなど、米国との関係を一時悪化させた。 しかし、次に大統領となったマルコス氏は米国との関係を修復し、2023年2月には、米比国防相が共同で、EDCAの拠点として新たに4か所(陸軍駐屯地1か所、空軍基地1か所、海軍基地2か所)を指定したことを発表した。 フィリピンの政権交代によって、米比両国の安全保障・防衛協力が再び力強い進展を見せている。 これで、フィリピンにおいて米軍が使用できる駐屯地・基地は、合計9か所になった。 ベトナム戦争で米国の最重要の基地として使用されたスービック海軍基地とクラーク空軍基地は駐留米軍基地であった。 EDCAに基づく基地使用はそれとは態様が全く異なるが、フィリピンのインド太平洋、特に南シナ海における戦略的価値・重要性を改めて認識させるものとなっている。 9か所の駐屯地・基地は、北部のルソン島に陸軍駐屯地2か所、海軍基地2か所、空軍基地1か所、南部のマクタン島とミンダナオ島にそれぞれ空軍基地1か所、南シナ海に面したパラワン島に空軍基地1か所、バラバク島に海軍基地1か所の配置になっている。 これらは、明らかに中国軍の行動への対処を考えた措置・対策であり、特に米海軍にとってバシー・ルソン海峡や南シナ海に向けた作戦拠点となることが容易に覗える。 また、米空軍の作戦構想である広域展開基地システム(DABS)の一環として6か所の駐屯地・基地が使用できる点にも注目したい。 他方、オーストラリアは、フィリピンとの間に「協力的防衛活動に関する了解覚書(MOU)」(1995年)、「豪比相互訪問軍隊地位協定(SOVFA)」(2012年)および「豪比相互補給支援協定(MLSA)」(2021年)を締結し、相互防衛協力の関係にある。 すでに、米豪軍は比軍と南シナ海での合同パトロールに取り組んでおり、情勢緊迫時に豪軍は米国と同じように比軍の駐屯地・基地を使用した作戦遂行の可能性があり、中国を抑止する要因の一つとしてカウントすることができよう。 日本も、フィリピンとの安全保障・防衛上の結びつき強めている。 岸田文雄首相は2023年11月、マニラでマルコス大統領との首脳会談に臨み、軍事演習を含む共同活動のために両国軍が互いの領土内に展開できるようになる円滑化協定を発表した。 そして両国は、各軍種間交流や共同訓練などを活発化させている。 また、政府安全保障能力強化支援(OSA)の一環としてフィリピン海軍に対する沿岸監視レーダーシステム用の6億円(約400万ドル)の無償資金協力やフィリピン空軍への航空警戒管制レーダーの移転を行うとともに、フィリピン沿岸警備隊へ大型巡視船を供与するなど、安全保障支援パッケージを提供してフィリピンの防衛力強化のための協力を進めている。 マルコス大統領は今年3月、中国との紛争がエスカレートする中、領土の一体性と平和に対する「様々な深刻な課題」に立ち向かうため、海上保安を強化する大統領令に署名した。 このように、現フィリピン政権の主権、独立、領土一体性に関する断固たる政策と米国をはじめ、日本やオーストラリアなどとの安全保障・軍事協力を強化する外交・国防政策が中国の焦りを誘い、攻撃的・威圧的な行動に訴えるようになった真の要因ではないだろうか。