我が子を「頭のいい子」とほめることの罪…相手に「属性」を与えることが強制や命令となって関係性を悪くする危険
属性付与が偽りのつながりを作る
属性付与のみならず、親が子どもに何かを命じた時に、子どもが親に反発しなければ「偽りのつながり」(false conjunction)が形成される。子どもが親に反発しなかったら、一見よい関係が築かれるが、子どもは親に依存しているだけで自分の考えを持っていないか、持っていても親に従ってしまっている。 子どもは幼い頃は親の保護がなければ生きていくことはできないが、やがて子どもは自立していく。ところが、この「真の背離」(real disjunction)を認めようとしない親は、自分に都合のよい解釈をして、子どもを自分のもとに留めておこうとする。子どもが親を好きではないといっても、本当は好きなのだと解釈する。 子どもが親から離れようとしていなくても、本来親と子どもは独立した人格であり、分離した存在である。それなのに、属性付与を行うことによって「偽りのつながり」を作り出し、親と子どもの間には何の隔たりもないかのように見せる。 親子関係に波風を立てたくないという理由で、親に従う子どもはいる。そのような人は好きな人と結婚しても親に反対され祝福してもらえなければ意味がないと、好きな人よりも親を選ぶことがある。 子どもは自立しなければならないが、そのためには意識的な決断が必要である。偽りのつながりを断たなければならない。
いいたいことをいわない人
上司に従わなければ、その上司からよく思われないだけでなく、同僚からもよく思われないかもしれない。そうなることを恐れる人は、上司のいうことに納得できなくても、上司に逆らえない。異議を唱えなければ共同体の和や秩序は乱されない。これも偽りのつながりである。上司や同僚によく思われたい人がこの偽りのつながりに身を委ねる。 共同体に所属している、共同体の中に居場所があると感じられることは人間の基本的な欲求であるが、所属の仕方は人によって違う。親に逆らわない、多数派につくという仕方で家庭や職場という共同体に所属しようとする人がいる。そのような人はいいたいことがあってもいわない。共同体に所属していなければ不安を感じるので、波風を立ててそこから追い立てられることを恐れるからである。 しかし、所属感は本来大きな共同体に所属して安心することではない。安心したいがために、共同体に所属していると感じたい人は共同体に依存することになる。 依存的な人は共同体がつながりを求めてくれば容易に応じる。つながりが強制されているとわかる時はまだしも安全である。強制に抵抗するのは難しいが、強制する人が見えている。しかし、心が弱っている時などは、他者とどんなつながりの中にあるのかを見極めることが難しく、自分がつながることを強制され、そのつながりに依存していることに気づかないことがある。 文/岸見一郎 写真/shutterstock ---------- 岸見一郎(きしみ いちろう) 1956年、京都生まれ。哲学者。京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学(西洋哲学史専攻)。専門の哲学に並行してアドラー心理学の研究。奈良女子大学文学部非常勤講師などを歴任。著書に『嫌われる勇気』、『幸せになる勇気』(古賀史健と共著、ダイヤモンド社)、『ゆっくり学ぶ』(集英社)『医師と患者は対等である』(日経BP)、『つながらない覚悟』(PHP研究所)、訳書に『ティマイオス/クリティアス』(プラトン、白澤社)など多数。 ----------