トヨタ、超伝導モーター内蔵や燃料電池発電など液体水素カローラで問題となっていたボイルオフガス対策構想を公開
■ 燃料特性に優れる液体水素自動車の技術開発に挑むトヨタ トヨタ自動車は、11月16日~17日の2日間にわたって富士スピードウェイで開催されるスーパー耐久第7戦富士において、液体水素燃焼エンジンを搭載する32号車 GRカローラで参戦するとともに、これまで問題となっていた走行中に発生する水素のボイルオフガスを活用するコンセプトモデルを展示。水素の社会活用に向けての挑戦をしていく仲間を募る。 【画像】トヨタが展示した車載用FCスタック。ボイルオフガスを使って発電し、クルマの電力に用いる 現在、水素を燃料とする自動車としては、すでにトヨタやホンダがFCEV(燃料電池車)を実用化。70MPaの高圧水素を燃料に、FC(燃料電池)スタックで発電して走行するカーボンニュートラル車両として市販されている。 トヨタがスーパー耐久において挑戦しているクルマは、水素を内燃機関で燃焼させて走る水素自動車で、H2ICE(Hydrogen 2 Internal Combustion Engine)とも呼ばれるもの。2021年~2022年シーズンは市販車「MIRAI(ミライ)」の水素タンクを使った高圧水素車で、2023年シーズンからは期待の水素に比べて燃料搭載性の高い液体水素車(LH2ICE)での挑戦を行なっている。 気体の水素をマイナス253℃の液体水素にすると、体積が1/800となり燃料搭載性が向上。ただし、70MPaの高圧水素は結構がんばって圧縮しているので、物理特性的には1.7倍程度の改善となる。さらに、H2ICEは燃焼に直噴技術を使っており、その燃焼圧力は高圧水素タンクの圧力をそのまま使っている。つまり、ある程度燃料を使った段階で圧力が下がり、水素燃料を残してしまう(もちろんトヨタ技術陣は、極力燃料を使うことに取り組んでいた)。 一方、マイナス253℃の常圧液体水素を使うLH2ICEは、直噴のための昇圧過程が必要で昇圧燃料ポンプを搭載。このポンプの耐久性がネックとなっているものの、水素の使い切りという面では有利に働き、H2ICEに比べLH2ICEはおよそ2倍の航続距離を実現している。 さらに、常圧ということから実績を積み重ねることで燃料タンクは丸形から異形の楕円へと進化。スペース効率を上げ、さらに航続距離を伸ばしている。もちろん究極は、スペース効率に優れる四角形やクルマの形に添った矩形などで、現在は実績を積み上げつつ、対処する法律が存在しない部分へのデータを示すことで、一つ一つ水素社会を切り開こうとしている。 体積エネルギー密度 圧縮気体水素(35MPa):767Wh/L 圧縮気体水素(70MPa):1290Wh/L 液体水素(LH2):2330Wh/L 石油系(ガソリンなど):約9600Wh/L リチウムイオンバッテリ系:約700~600Wh/L 質量エネルギー密度 圧縮気体水素(35MPa):39,400Wh/kg 圧縮気体水素(70MPa):39,400Wh/kg 液体水素(LH2):39,400Wh/kg(気体にして使用するため、圧縮気体と同じ) 石油系(ガソリンなど):約12,800Wh/kg リチウムイオンバッテリ系:約250Wh/kg (参考文献:GSユアサ 再生可能エネルギーの大規模導入に対応するためのエネルギー貯蔵・輸送技術[PDF]) ちなみに水素のよさはエネルギー密度にあり、質量エネルギー密度はガソリン系よりも優れている(そのため、ロケットに使われている)。難点は体積エネルギー密度にあり、そこの解決に取り組んでいる状態にある。リチウムイオンバッテリ系は、いずれもまだまだで、しかも走行時に質量が減らないという物理特性を持つ。重量エネルギー密度の平均期待値で言えば半分のポテンシャルとなり、さらに数段の進化が期待されるところだ。もちろん圧縮気体水素によるFCEV、リチウムイオンバッテリにBEVは成立している部分もあり、トヨタは液体水素を使うという高いレベルでの技術開発に取り組み、それを市販にもっていこうとしている。 ちなみにガソリンなどの石油系は体積および質量エネルギー密度のバランスが取れており、とても優れた燃料ではあるものの、CO2排出が問題となっているのはご存じのとおり。逆に言えば、バランスの取れた燃料であるため、自動車、航空機、船舶などすべてのモビリティで利用されてきた。世界がその解決に取り組んでおり、トヨタは理論上優れる水素の利用で世界最先端を走っている。 ■ スーパー耐久最終戦では水素のボイルオフガス問題へ提案 世界の最先端の試みをしているということは、世界で最初にさまざまな問題に苦しめられることになる。もちろん、それを乗り越えられれば世界で最初に問題解決をでき、ノウハウとなり、特許としてリードできる。 トヨタが液体水素車をはじめるにあたって常に疑問の目が向けられていたのが、液体水素のボイルオフ問題。液体水素はマイナス253℃という極低温であるため、常温では真空二重層といえどもある程度の量は自然に蒸発して気体となってしまう。この気体となった水素は、一か所にたまってしまい、高温の箇所と接触すれば発火する。量が多ければエネルギー量が大きいだけに爆発となるのだが、逆に言えば爆発するほどのエネルギー量を持っているためにモビリティに使用できている。 意外なことに水素の自然発火温度は527℃とガソリンの300℃より低く、要はこのエネルギーを手の内化できるかどうかにかかっていることになる。ガソリンはすでに手の内かできているため、多くの人がセルフ給油しているのはご存じのとおり。 まったく余談とはなるが、自分は高校生時代にバイクに乗っていた。そのときの知り合いは、夜中にガソリンが満タンかどうか確認するために燃料タンクをのぞき込み、さらに真っ暗で分からないためたばこの火の明かりでタンクを確認した。結果は誰もが想像できると思うが、火柱が上がり前髪を焼いていた(絶対に、まねしてはだめです)。本来、ガソリンはそれほど危険なものなのだが、特性が知られている、管理されているため、水素ほど危険と思われていない。水素がエネルギーとして普及するために必要なのは、527℃で発火するとか、8%の濃度で発火するとか(つまり、拡散すれば発火しない。なにせ宇宙に一番ありふれている物質なので)といった基礎的な部分だろう。 と、横道にそれてしまったが、トヨタがボイルオフ問題解決のために最終戦に展示したのが車載タイプの小型FCスタック。この車載燃料電池にボイルオフガスを送り込み発電、液体水素ポンプ用のモーターなどの動力としての活用を考えている。オルタネーター(小型発電機)での発電量に相当すれば、動力の有効活用となり、H2ICEはますます効率的なモビリティになる。 また、ボイルオフガスを自己増圧器(外部からのエネルギーに頼らず圧力を高める装置)で再利用できる燃料を作り出す技術展示も実施。ボイルオフガス自体が持つ圧力を操作することで、新たにエネルギーを使うことなく約2~4倍に増圧し、再利用燃料を作り出す。トヨタは工場での生産に、重力を活かした部品送出機構(一般的にカラクリと呼ばれる)などを設置。そうした、特別なエネルギーを使わずに動く装置を作り出せるのも液体水素の魅力になる。 さらに、それでも余ったボイルオフガス(水素ガス)は、これまでと同様に触媒を通じて水蒸気に変換。水素が触媒内で燃やされることにより、水蒸気になる。 さらに、トヨタ自動車 水素エンジンプロジェクト統括 主査 伊東直昭氏によると、ボイルオフガス低減のために超伝導モーターの投入を考えているという。液体水素のポンプを超伝導モーター化して水素タンクの中に沈めることにより熱源を減らす。トヨタは現在、東京大学、京都大学、早稲田大学と研究を行なっており、いずれマイナス253℃の極低温で動く超伝導モーター搭載ポンプの姿を見ることができるかもしれない。
Car Watch,編集部:谷川 潔