金門島…中国と台湾の「海の最前線」で混在する緊張と融和
「そもそも禁止・制限水域は存在しない」
対立の前線。その周辺の海域では漁業権などをめぐる摩擦もある。 台湾側の統計では年間30隻から40隻の中国漁船が、台湾側に拿捕されている。今回の事態を受け、中国海警局は周辺海域で、パトロールを強化し始めている。海警局とは事実上、海軍と同じ軍事機関。日本との間でも、尖閣諸島周辺にたびたび侵入しているのは、この海警局の船だ。 中国側にとっても、自国の漁民を守る――という姿勢を、国内に示さないといけないのだろう。事実、海警局は「周辺海域の操業秩序を維持し、漁民の生命と財産の安全を守る」とコメントしている。同時に、中国政府の台湾政策部門はこんな言い方をする。 “「台湾は中国領土の一部だ。いわゆる『禁止・制限水域』は、そもそも存在しない」” 金門島周辺では台湾側が「禁止水域」や「制限水域」を設定し、中国側の船が許可なく立ち入ることを禁じてきたが、中国側はたびたび侵入している。 この言い回し、どこかで記憶にないだろうか。今年2月から、中国政府は、台湾海峡上空に設定している民間機の飛行ルートを変更した。それまでより、台湾本土寄りのルートを飛び始めた。この変更を行った時、中国の航空当局は、こんな説明をした。 “「台湾は中国の領土の一部だ。海峡において、いわゆる『中間線』は、そもそも存在しない」” 「海」と「空」の違いだけで、そのほかの文言はほぼ同じだ。「台湾が管轄する水域などは存在しない」。つまり台湾側には水域の管轄権はないと、否定するものだ。中国側は対抗措置も取った。転覆事故から5日後、金門島を周遊していた台湾の観光船1隻が中国の海警局から立ち入り検査を受けた。いわゆる臨検と呼ばれる行為で、台湾側を威圧する狙いがある。
「台湾らしくない台湾」を巧みに操る中国
そんな緊張の最前線に住む金門島の人たちは、どう感じているのだろうか。彼らは中国と向き合いながらも、台湾の公民だ。もちろん、平和な島であってほしいと願っている。ただ、そんな地理的背景にあるから、台湾本土との結び付きより、すぐ目の前の中国との人的交流が盛んだし、経済の分野においても中国に依存している。その意味でも「台湾らしくない台湾」だ。 実際、台湾の大規模選挙の結果をみると、金門島、馬祖島の有権者が支持するのは、中国との融和を訴える野党・国民党が圧倒的に多い。中国との距離を置く政権与党の民進党の弱い地盤だ。 中国側にとっては台湾の離島が「狙い目」なのだろう。漁船の事故、死者が出たことは不幸なことだが、中国としては同時に、台湾への統一工作にどのように活かせるかを視野に入れているはずだ。台湾本島と違う離島の人々と感情を巧みに操っているだろう。 台湾の離島周辺海域で、台湾の管轄水域を否定する行為を繰り返す。これは、事故を契機に、離島住民を不安にさせる威圧行為だ。その一方で、中国側は「善意」も示す。冒頭で紹介したように、離島に住む人が海で遭難した時は救助にあたり、血のつながり、同胞意識を強調する――。 硬軟織り交ぜた中国側の手法に、離島の住民の心も揺れるだろう。「まずは、離島から」という戦略だろうか。中台の地理的最前線の島々で起きる、小さな動きにも注目したい。
◎飯田和郎(いいだ・かずお)
1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。