【特集】シナリオライターが遊ぶ『INDIKA』…正しき信仰とは何か、追放された修道女が巡る悪魔との短い旅
ゲームを含めた様々なコンテンツで“ストーリー”を深く楽しむユーザーが増え、メーカーやパブリッシャーもそれに応じるべく全力でゲームを開発している現代……本連載記事では、古今東西のビデオゲームを紐解き、真に優れたゲームシナリオとは何かを考えていきます。 【画像全7枚】 第3回は『INDIKA』を取り上げます。 本作はカザフスタンに拠点を置くインディーゲーム・ディベロッパー「Odd Meter」が送る三人称視点のアドベンチャーゲームです。前作はVRで弓矢を引くという一風変わったシューターを作っていましたが、本作は打って変わって、シナリオ重視で一本道の作品を打ち出してきました。 信仰というテーマに真っ直ぐ向き合い、ロシアの修道女の苦悩を描いたなんとも重苦しく見える一作ですが、蓋を開けてみると、シリアスなテーマを完璧に描いていながら、誰でもつい笑ってしまうブラックユーモアに溢れた作品でした。 舞台は19世紀のロシア。長く厳しい冬の修道院から物語は始まります。 主人公である修道女のインディカは、院内に味方がおらず、孤立しています。厭な仕事を押し付けられつつも、神を信じてただ黙々と日々を過ごしていました。冒頭では井戸から水を汲んで樽まで運ぶというだけの作業を五回もやらされ、しかも最後にはその樽をひっくり返されてしまいます。なんだか「シーシュポスの神話」を思い起こさせますが、実際のところは単に苛めを受けているだけです。 どうしてインディカがこんな目に遭っているかというと、どうやら彼女には悪魔(サタン)が見え、その声すら聞こえるようで、日々の務めの最中に悪魔がいちいち顔を出しては、彼女に奇行をさせます。それが他の修道女の顰蹙を買っているわけですね。まあ、この「インディカには悪魔が見えている(ように彼女自身が感じている)」という設定がのちのち効いてくるわけですが……。 そんななか、一通の手紙を配達する任務を負い、彼女は修道院の外に出向くことになります。内なる悪魔の声を必死に退けながら雪道を往くと、そこでとある目的のために無鉄砲な行動を取る兵士イリヤと出会い、旅の目的が少しずつズレていくこととなります。 本作はほとんど短編映画か短編小説と変わりないくらい、分岐もなく、ストレートに物語を追いかけていくだけの作品ではありますが、唯一ゲーム的な仕掛けがあるとしたら、画面左上に表示されている「ポイント」という概念がそれに当たります。 各地に散らばるロアを集めていくと、このポイントが溜まっていき、スキルツリーをアンロックすることでこのポイントの収集率はさらに上がっていきます。とはいえ、早い段階でロード中のTIPSに「ポイントなんて集めても意味がない」といった内容の文言が飛び出し、プレイヤーを驚かせます。 ロアの内容も、大体は絵画や彫刻といった宗教的なイコンなのですが、そこに書かれているテキストは聖書に書かれているような逸話に疑義を呈するものばかりで、このポイントというシステムと併せて、本作が持つブラックユーモアと問題提起を端的に表しています。 聖なる逸話に触れた時に増える「ポイント」を、せっかくだからとせっせと集めてしまうゲームシステムなわけですが、果たしてこの導線にいったいどんなオチが待っているのか? ラストまで至ったプレイヤーは、きっと乾いた笑いが飛び出したことでしょう。 また、本作のブラックユーモアはそれだけに留まりません。インディカが渡り歩くロシアは、最初こそ荘厳な湖や寂れた村といった風景が展開されていますが、次第に超現実的な空間が顔を出していきます。 上下左右が狂った階段や、明らかに縮尺がおかしい建物、人間の食べられるサイズではない魚の缶詰を作っている工場など、大袈裟で不穏な空間を歩くことになり、サイコホラー的な味わいがあります。 ただし、そんな大真面目に怖いところであればあるほど、トンチキなBGMとファンシーなミニゲームが挟まり、プレイヤーに強烈な違和感をもたらします。ありがたい説話を聞かされてると思ったら、その神父のカツラがズレ落ちそうになっていた……などという、ギャグシーンに様変わりするわけです。 このあたりのバランス感覚を保ちながらも、キャラクターたちはどんどん悲惨な状況に追い込まれていくのが、このゲームの白眉です。BGMだけ楽しげならどんなに目に遭わせても構わないというのでしょうか? 旅を通じて、インディカはとある事実を知ることになります。それによって彼女に重大な変化が訪れるわけですが、それをどう受け止めるかはプレイヤーの自由です。まあ、何が言いたいかというと、ブラックユーモアって酷ければ酷いほど笑ってしまいますよね? 今週のキーワード:悲劇と喜劇 『INDIKA』のトレイラーにもある通り、あらゆる創作物やストーリーというものは、悲劇と喜劇の両側面を持っています。悲しい失敗談でも、語り方によっては酒の肴になりますから。 悲劇は、古代ギリシャの「ギリシャ悲劇」に端を発します。ハッピーエンドで終わらないという形以外は特に決まっていなかったようですが、残存するアイスキュロス、ソポクレス、エウリピデスらの作品のあらすじを見てみると、戦死や謀殺された人物の生涯を追う展開が多く見られます。トロイア戦争にまつわる話は書きやすかったようですね。 同じく喜劇も、古代ギリシャ時代の詩人アリストファネスらに萌芽が見られます。また、松竹新喜劇のHPを閲覧してみると、そもそもが日本神話における岩戸隠れ伝説が喜劇的だと解釈しており、一理あるなという印象を受けました。明確な定義付けが難しい以上、やはりチャップリンの名言である「Life is a tragedy when seen in close-up, but a comedy in long-shot.(人生は近くで見ると悲劇だが、遠くから見れば喜劇である)」というのが、筆者には一番しっくりきましたね。
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