【漫画家に聞く】弟の才能に圧倒されてギターを辞めた兄、なぜステージに? SNS漫画『さよならディスコード』が泣ける
音楽を題材にした漫画は数多く存在するが、作者の技量や物語の熱量によって、実際に音が聴こえてくるような感覚になることがある。6月中旬にXに投稿された『さよならディスコード』は、切なくも熱い“音”を感じられる作品だ。 不器用な兄弟の絆に涙……漫画『さよならディスコード』 やりたい仕事もなく、就職活動に本腰を入れられない大学4年生の昴。かつてはギターに熱中していたが、自分よりも後に始めた弟·真宙の才能に圧倒され、ギターを手放してしまった過去を持つ。それ以降は真宙と距離を置いて過ごしていたが、実家で一緒に食事をすることになる――。 本作を手掛けたのは、新卒入社した会社の同期にプロの漫画家がいて、同人誌即売会に誘ってもらったことをキッカケに、本格的に漫画家を志したという矢部利恩さん(@yabelion)。そんな矢部さんが“奏でる”本作の誕生秘話など話を聞いた。(望月悠木) ■自身を投影した作品 ――なぜ『さよならディスコード』を制作したのですか? 矢部:担当編集さんと新人賞に出す読み切り漫画として制作した作品です。「弟が苦手なこと」「高校と大学でバンドをやっていたこと」など、自分自身のことを掘り下げながら打ち合わせした結果、「音楽を題材にした兄弟の仲直りの物語にしよう」という方向性で制作することになりました。賞には落選してしまいましたが、お気に入りの一作になりました。 ――昴同様に弟さんと壁があったからこそ描けたストーリーだったと。 矢部:はい。実際には弟はギターをやっていません。ただ、「もしギターをやっていて、自分より上手かったら相当苦しいな」と想像しながら、昴と真宙の関係性を作り、そこから「どうすれば昴は真宙と向き合えるだろう」と考えていきました。お恥かしながら私自身が弟と未だに向き合えておらず、「まだ自分の身に起こっていないような劇的なキッカケが必要なのでは?」と感じて、ああいったストーリー展開になりました。 ――就活で苦しむ昴の姿も矢部さんと重なる部分があったのですか? 矢部:そうですね。完全に就活生の時の自分を投影しています......。 ――昴と真宙はどのように作り上げましたか? 矢部:昴は特に悩むことなく、ネームの際に自然と描き起こした造形をブラッシュアップした感じです。真宙は明るくて若いバンドマンに見えるように顔周りを何回か練り直しました。服装はSaucy Dogの石原慎也さんを参考にさせていただきました。 ――ちなみに、オッドカルテットのベースとドラムのビジュアルや性格もしっかり立っていました。読み切り漫画という短い内容でしたが、サブキャラもしっかりと描いた狙いは? 矢部:そこまで目立たない役回りですが、昴と真宙どちらにおいても重要な存在なのでしっかり決めて描きました。また、「自分が描いていて楽しくなるようなキャラにしたい」と思っており、ベースの女の子は私の大好きなバンド·Plastic Treeの有村竜太朗さんに似せました。ドラムの男の子は友人をモデルにしています。 ――バンド経験があったため、昴と真宙がギターをかき鳴らす姿はしっかり描かれていましたね。 矢部:漫画は音が鳴らない媒体ですが、少しでも絵で気迫だったり想いだったりが伝わるように意識して描きました。実際にギターを構えてポーズを取って撮影した写真、様々なアーティストのMVなどを参考にしています。 ――改めてになりますが『さよならディスコード』というタイトル、曲名を選んだ背景は? 矢部:「さよなら〇〇」という言葉の響きに美しさを感じていました。また、UVERworldの曲『DISCORD』が好きだったことから自然とタイトル·曲名が浮かびました。後々、ディスコードが不協和音という意味であることを知り、「仲直りを暗示する良い曲名では」と担当編集さんと盛り上がり、クライマックスの印象的なシーンで昴にタイトルコールさせました。 ――今後の漫画制作の目標など教えてください。 矢部:現在、ニコニコ漫画·コミックDAYSで連載中の『ゴミ以下だと追放された使用人、実は前世賢者です ~史上最強の賢者、世界最高峰の学園に通う~』(講談社)の作画を担当しています。9月9日に1巻が発売されますので、ぜひご一読いただけると大変嬉しいです。また、いずれは自身で原作も務めた漫画の連載にも挑戦したいため、引き続きお話作りのスキルも磨いていきます。
望月悠木