菊池和澄になぜ引きつけられる? 『虎に翼』田沼役の“感情の揺れ”が生む物語の奥深さ
NHK連続テレビ小説『虎に翼』第20週で一つの軸として描かれている、直明(三山凌輝)の婚約者との同居問題。ここまで積み上げてきたエピソードがあるからこそ、姑のような義理の姉と一緒に暮らすべきではないという花江(森田望智)の意見も、戦時中の心細かった経験から家族と離れたくないという直明の想いにも共感してしまう。そんな一筋縄ではいかない同居問題の中心人物である直明の婚約者として再登場するのが、田沼玲美(菊池和澄)だ。 【写真】玲美(菊池和澄)の言葉に驚く寅子(伊藤沙莉) 田沼は第11週で、直明のボランティアサークル「東京少年少女保護連盟」の一員として登場。第11週で描かれた直明が子供と接する姿を優しく見守り、家庭裁判所設立に向けた話し合いの席では直明の言葉に大きくうなずくなど、直明との友好な関係が見てとれた。また、家庭裁判所設立のために部屋を準備しているシーンで、花江が直明にいい仲の女の子はいないのかと問うた際に、映っていたのも田沼だ。 田沼を演じるのは、『ゲゲゲの女房』から14年ぶりに朝ドラへの出演を果たした菊池和澄。8歳から数多くのCMやドラマに出演しており、第11週の出演時から『ゲゲゲの女房』の村井藍子役や『謎解きはディナーのあとで』の天道里美役を懐かしむ声があった。 幼い頃から純真無垢な雰囲気を持つ菊池だが、現在はそのピュアな雰囲気が揺らぐ瞬間に目を奪われる俳優へと成長を遂げている。特に、3月に配信されたHuluオリジナル『十角館の殺人』で演じた中村千織役では、その魅力を遺憾無く発揮していた。 殺人のきっかけを作り出してしまうほどの喪失感を生む魅力的な人物だが、作中の時間軸ではすでに亡くなっていることもあり、原作小説で詳しく人物像が描写されているわけではない。実写化するにあたっては、家族から愛され、ミステリー研究会のメンバーから死を悔やまれ、主人公・江南(奥智哉)からも興味を持たれる中村千織像を原作の要素も踏まえて補完しつつ作り上げる必要があった。そんな難役に対して、菊池は誰からも愛される可憐な雰囲気で理想の千織を表現し、千織の人生や作中の展開に説得力を生んでいた。 また、原作小説では犯人の心情表現のみで展開されたラストの部分を、ドラマ版では千織の行動を引き起こした感情変化も一緒に描くことで、作品全体のやるせなさや切なさをわかりやすく表現することに成功している。この描写で最も重要なのが、千織にマイナスな感情が生まれたことをわずかな表現で示すこと。原作小説の行間にあたる「自分と付き合っていることを隠そうとする彼氏への不満」を、菊池はたった数秒映る表情のみで表現していた。ずっとかげりのない人物であった千織にも、寂しさや辛さがあったことまで表現されているからこそ、実写ならではの『十角館の殺人』が出来上がったといえるだろう。 菊池が元来持つ清廉な雰囲気とそれが崩れた瞬間の感情の揺れには、視聴者の興味をグッと引きつける力がある。そして、その求心力は作品が示すテーマ性を後押しすることにも繋がっているのだ。 思えば、第3週では女子部での学びに奮闘する寅子のエピソードを本筋としつつも、花江と寅子の母・はる(石田ゆりこ)の互いにフラストレーションを溜めてしまう関係性を描き、家族になることの難しさも描いていた。『虎に翼』は、本筋の他にもいくつかのストーリーやそれにともなう感情の揺れを見せていくことでテーマを表現し、常に奥行きのある展開を叶えてきたのだ。 猪爪家と関わることで田沼に生まれる感情がプラスにしろマイナスにしろ、田沼の感情の揺れはさまざまな家族の形を描いてきた『虎に翼』に、新たなスパイスを加えてくれるだろう。
古澤椋子