寒い「チベット高原」が、じつは日本の「猛暑」を引き起こしていた…地球を回り続ける「ジェット気流」の驚くべき「軌跡」
---------- 「謎解き・海洋と大気の物理」、「謎解き・津波と波浪の物理」で知られるサイエンスライター保坂直紀氏による『地球規模の気象学』。 風、雲、雨、雪、台風、寒波……。すべての気象現象は大気が動くことで起こる。その原動力は、太陽から降り注ぐ巨大なエネルギーだ。 赤道地域に過剰に供給された太陽エネルギーは大気を暖め、暖められた大気は対流や波動によって高緯度地域にエネルギーを運ぶ。 ハドレー循環やフェレル循環、偏西風が、この巨大な大気の大循環の中心を形作る。大気の大循環を理解すれば、気象学の理解がより深まるはずだ。*本記事は、保坂 直紀『地球規模の気象学』(講談社ブルーバックス)を抜粋、編集したものです。 ---------- 【画像】台風を制御する日は来るのか!?気象研究最前線!
中高緯度の西風は蛇行する
さきほどのジェット気流について、もうひとつ説明を加えておこう。それは、ジェット気流の蛇行だ。ジェット気流は西から東に流れて地球を一周するが、まっすぐ流れているわけではない。たいてい蛇行している。とくに寒帯前線ジェット気流は蛇行が激しい。 ジェット気流のような地球規模の強い流れは、南北で気温差が大きいその境目にできる。そして、極に近い高緯度側の気温は低く、低緯度側は暖かい。したがって、その蛇行の道筋がふだんと変わると、中高緯度の各地に猛暑や寒波のような異常とも思える天候をもたらす。 たとえば北半球のある場所で冬にジェット気流が南に蛇行すれば、そこは気流北側の寒気にさらされることになるので、ふだん以上に寒い日が続く。逆に北に蛇行すれば、それが夏なら猛暑が続くことになる。 ただし、ジェット気流はどこでも自由に蛇行できるかというと、かならずしもそうではない。ジェット気流の蛇行には発生しやすいパターンがある。それは地形の影響を受けるからだ。 たとえば、日本列島からはるか西方にある平均標高が4500メートルを超えるチベット高原。これほどまでに高い地形は上空の亜熱帯ジェット気流にとって邪魔になり、蛇行の発生源にもなる。そのため蛇行の始まりがそこにピン止めされ、下流の日本列島付近に、しばしば似たようなパターンの蛇行が居すわる。これが日本の猛暑の原因になることが、たびたびある。 猛暑や寒波のような特異な現象だけではない。中緯度で暮らすわたしたちが日常的に体験する低気圧や高気圧も、ジェット気流の蛇行と関係が深い。 わたしたちになじみがある低気圧には、「温帯低気圧」と「熱帯低気圧」の2種類がある。ごくふつうに日本列島のあたりを西から東に移動していく低気圧が温帯低気圧で、台風は熱帯低気圧だ。渦巻く大気の中心で気圧が低くなっているという点ではおなじだが、その構造も、できるしくみもまったく違う。 このうち温帯低気圧と深く関係しているのが寒帯前線ジェット気流の蛇行だ。わたしたちの頭上を過ぎるひとつの温帯低気圧と、つぎにやってくる温帯低気圧のあいだには、高気圧が挟まれていることが多い。低気圧と高気圧が交互に並んでいる。この低気圧と高気圧のできる位置が、上空を流れるジェット気流の蛇行の位置に対応している。 粗っぽい言い方をすれば、ジェット気流の蛇行を地上に投影したものが低気圧と高気圧だ。わたしたちが暮らす中緯度は南北の気温差が大きく、したがって強い偏西風が吹き、その蛇行が低気圧や高気圧をともなっている。
