山口紗弥加さん(44歳)デビュー当時「アイドル女優」と呼ばれ悩み「女優を辞めようと思った時期も」|美ST
14歳のときにドラマ「若者のすべて」で俳優デビューした山口紗弥加さん(44歳)。キャリア30年となる今秋は、サスペンスドラマ「私の死体を探してください。」(テレビ東京ほか・毎週火曜深夜24時30分~)に出演中です。そんな山口さんに、女優を志したきっかけや、女優として活動するうえで感じてきた葛藤、私生活の恋愛・結婚観まで伺いました。 【写真あり】山口紗弥加さんデビュー30年…44歳の現在の姿
10代でアイドル的な人気!でも、本当にやりたいことからはどんどんかけ離れていった
女優の仕事に初めて興味を持ったのは11歳の時です。ドラマの中の鈴木保奈美さんに恋をして、「保奈美さんになりたい」と思ったことが始まりでした。心の中で密かに憧れるだけでオーディションを受けるようなことはしませんでしたが、母の友人が地元の福岡でモデル事務所を立ち上げるというときに「モデルやってみる?」と声をかけてくださって。まだ10代前半だったのですが、興味本位で始めてみることに。 その後、東京の芸能事務所の方がわざわざ会いに来てくださって、それがきっかけとなり、14歳で芸能界デビューすることになったんです。 とても恵まれたデビューだったと思います。有名なCMやドラマにもすぐに出演させていただきましたから。ただ、中学卒業と同時に上京してからは高校生と女優業の二足のわらじで、当時の記憶があまりないほどに忙しかったんです。デビューした年齢もあったかと思いますが「アイドル女優」と呼ばれたことも。怒涛の日々を送る中、次第にお芝居よりもバラエティの仕事のほうが多くなっていき、元々女優に憧れていた自分の目指す理想像からどんどんかけ離れていくのを感じていました。 そのことに傷つき焦りながらも、女優としての実力の無さも悔しいほど理解していたので、常に葛藤している状態で何もかもが苦しい時期でした。それはときには絶望するほどで、ポジティブ思考の私にとって初めての挫折だったかもしれません。体調も崩してしまい、もう引退して福岡に帰ろうと考えるようになっていました。
「お芝居が楽しい!」初めてそう思えた公演。そして今の事務所の社長との再会
そんな時に野田秀樹さんにお声がけいただき、野田さんが率いるNODA MAPの舞台に立つことに。20代前半の頃です。「これを女優最後の仕事にしよう」と決めて臨みました。 当時、原因不明の発熱と発疹に悩まされ病院に通っていたのですが、その待合室で偶然、デビュー前に東京から会いに来てくださった芸能事務所の方と再会したんです。10年振りでした。実はその方が、今私が所属している事務所の社長なんですが、社長もすごくビックリしていて。あまりの驚きにお互い言葉が見つからないという感じで、ほんの数分の立ち話の間に福岡に帰るつもりだということと、最後の舞台なので是非観に来てください、とNODA MAPの舞台にお誘いしたんです。そしたら本当に観に来てくれて。 公演後にお会いしたら「紗弥加をマネジメントさせてほしい。女優を辞めるな」と引き留めてくれたんです。嬉しいと思うより、「助かった」。そんな気持ちでした。私自身NODA MAPの舞台で初めてお芝居の楽しさや面白さを実感して「辞めたくない!」という強い気持ちが芽生えていたところで、この公演を観劇した蜷川幸雄さんが次の作品に指名してくださったタイミングでもあり「絶対にこのチャンスを逃したくない」という思いでした。 移籍後、蜷川さんの噂以上の厳しい稽古に鍛えられ、公演を重ねていくなかで私が本当にやりたかったこと、目指していたものは役を演じる「役者」であることに気づきます。それまでは女優と役者の違いなど考えたこともありませんでした。ようやく役者として私なりの第一歩を踏み出すことができたんです。 そして38歳の時には「ブラックスキャンダル」で連続ドラマ初主演をさせていただくことになりました。嬉しいと言うより「まさか!」という気持ちでした。もうすっかり忘れていたような夢が今頃叶うなんて、と。同時に、様々な経験を経た今だからこそ出会えた役だと感じましたし、諦めないで続けてよかったと心の底から思いましたね。