心の病、焦らないで 統合失調症経験のお笑い芸人 高知で講演
幻覚や幻聴などの症状が出る精神疾患「統合失調症」であることを公表しているお笑いコンビ「松本ハウス」のハウス加賀谷さん(50)と、相方の松本キックさん(55)が9日、高知市で講演した。病気で苦しむ当事者と、パートナーとして伴走してきた2人が、闘病経験やお笑い復帰の経緯などを語った。 高知県では今年4月に「障害のある人もない人も共に安心して豊かに暮らせる高知県づくり条例」を制定。これを受けて開催された「高知県地域で共に暮らそうフォーラム」(県主催)で講演した。 ◇松本ハウス・加賀谷さん、中2で発症 松本さんと加賀谷さんは1991年にコンビを結成。テレビなどで活躍していたが、99年に加賀谷さんの統合失調症の症状が悪化し活動を休止。加賀谷さんの病状が改善した2009年に活動を再開した。 加賀谷さんに統合失調症の症状が出始めたのは中学2年生の頃。周囲から「臭い」と言われる幻聴が聞こえるようになった。高校進学後も症状は悪化し、学校では後ろの人に臭いと言われないよう「壁にくっついて横ばい歩きしかできなかった」という。 思春期精神科を受診したが好転せず、同様の症状を持つ人々と一緒に暮らすグループホームに入所した。徐々に状況が改善する中で「自分がやりたいことをする人生にしたい」と思い、17歳で好きだったお笑いの道を志望。松本さんと組んで「松本ハウス」として漫才を始めた。 コンビはブレイクし、テレビ出演などで休みのない日々が続いた。ストレスがかかる中、加賀谷さんは医師に無断で薬を減らしたり、その後に大量服薬したりすることを繰り返し、「部屋の向かいのビルにスナイパーがいて、自分の命を狙っている」という妄想にとらわれるようになった。松本さんは「荒唐無稽(むけい)な話だけど、本人にとってはそれが現実だった」と振り返る。 最初は入院を拒んでいた加賀谷さんは、母の説得を受けて入院を決意。1999年に活動を休止し、翌年入院した。松本さんは「しっかり治療して、たとえ10年たっても漫才をやりたかったら戻ってこい」と声をかけたという。 加賀谷さんは、7カ月の入院生活を経て自宅療養に移っても「顔の前に薄い膜があって、水の中で話しているように現実感がない」状況が続いたが、退院から5年ほどたって薬を新薬に切り替えたことで意識がクリアになり、芸人復帰を目指す気持ちが膨らんだ。薬の切り替えについては「たまたま自分に合っただけで、薬の変更はリスクが大きいので、医師ときちんと相談してほしい」と呼びかけた。 2009年、松本さんの最後の呼びかけの「期限」だった10年ぶりにコンビが復活した。だが、その後の歩みは順風満帆ではなかったという。松本さんは「加賀谷君は記憶力が低下し、台本も覚えられなかった。感情の起伏も少なくて、平たんな話し方しかできなかった」と振り返り、「その時は『あの頃(入院前)に戻りたい』という大きな落とし穴にはまっていた」と明かす。 ◇支え続けた相方・松本さん 「今できることをやろう」と口では言ったが、それはとても時間のかかることだった。「失敗しては話し合い、また失敗しては相談する。それの繰り返し」と松本さん。その中で「ちょっとした成功が出てくる。そういう小さな成功の積み重ねが本人の自信になった」。加賀谷さんも「ちゃんとした『ハウス加賀谷』を演じないといけないと思っていたが、ちゃんとしていないから人気が出たのではないか」と気がついたという。 松本さんは「病気はお互い様。自分も大病した時には助けてくれるよね」と加賀谷さんに話しかけると、加賀谷さんは「え?」と返し、会場を笑わせた。 講演の最後に加賀谷さんは、心の病で苦しむ人々に贈る言葉として「焦らないこと。社会復帰まで時間がかかるとか短いとか、他人と比べるものではありません。そして、決して諦めない。病気だからと人生を投げないでほしい」と語り、大きな拍手を受けていた。【小林理】