バス・タクシーの乗務員はなぜ「名前表示」が義務付けられていたのか? 京王バス「ビジネスネーム導入」で考える
乗務員氏名表示の起源
京王電鉄バスグループ(京王電鉄バス・京王バス)は、2023年4月1日から、車内で掲示する乗務員の氏名について、本名とは異なる「ビジネスネーム」の選択を可能にする制度を導入した。この制度は、乗務員のプライバシー保護を目的としており、乗務員は任意でビジネスネームか本名の掲示を選択できるようになった。 【画像】えっ…! これが60年前の「海老名サービスエリア」です(計14枚) 乗務員が選択するビジネスネームは「山田太郎」のように氏名形式で、漢字・ひらがな・カタカナが使用可能だ。これまでどおり、選択されたビジネスネームは車内の運賃表示板に掲示される。また、制度の導入にともない、乗務員はバスに乗車して運転する際、胸のネームプレート(胸章)を外すことになった。 ビジネスネームの導入は、2023年8月の法改正で、バスやタクシーの乗務員の氏名を掲示する義務が廃止されたことを受けての措置である。 では、そもそも、なぜバスやタクシーでは乗務員の氏名表示が義務付けられていたのだろうか。その起源は、1956(昭和31)年に定められた「旅客自動車運送事業運輸規則」にさかのぼる。 当時は、無謀運転を繰り返す「神風タクシー」などが社会問題となっていたため、乗務員に 「プロとしての自覚」 を促すために氏名の表示が義務化されたようだ。この後、タクシーでは1970年に、タクシー業務適正化特別措置法の施行規則で顔写真の掲示も義務化されている。 これはバス・タクシーで乗務員の意識向上に一定の成果があったようだ。
カスハラ増加、乗務員に深刻な影響
ところが近年、氏名表示がかえって不利益をもたらす事例が相次ぐようになった。それは、乗客による乗務員への悪質クレーム、いわゆるカスタマーハラスメントの増加だ。 カスタマーハラスメントとは、顧客や取引先からの暴力や暴言、理不尽な要求などによって、労働者の尊厳や人格を傷つける行為を指す。 バス・タクシー業界でも、乗務員へのカスタマーハラスメントは深刻な問題となってきた。その実態を明らかにしたのが、全日本交通運輸産業労働組合協議会(交運労協)が2021年5月から8月にかけて実施した「悪質クレーム(迷惑行為)アンケート調査」だ。 この調査では、回答者の46.6%が直近2年以内に利用者からの迷惑行為の被害にあっていることが判明した。実に約半数の労働者がカスタマーハラスメントの被害に遭った経験がある実態が浮き彫りになったのだ。 さらに深刻なのは、被害回数が16回以上に上る組合員が643人(全体の3.1%)もいたことだ。一部の労働者が常習的な迷惑行為のターゲットになっている実情までもが判明したのである。 迷惑行為の内容を見ると「暴言」が49.7%でトップ、次いで「何回も同じ内容を繰り返すクレーム」が14.8%で続いた。そのほか威圧的な言動や長時間の拘束など、精神的苦痛を与える行為が上位を占めた。