「ほかのクルマじゃ替えがきかない……」オーナーが嘆くほどの唯一無二っぷり! もう二度と現れない贅沢すぎる軽自動車「ホンダ・ビート」
走りの雰囲気を楽しむクルマかと思いきやさにあらず!
まだバブル経済の余韻が残る平成初期の1991~92年に誕生して一世を風靡した、「ABCトリオ」こと3車種の軽スポーツカー、オートザム(マツダ)AZ-1、ホンダ・ビート、スズキ・カプチーノ。このなかでもっとも早い1991年5月に誕生し、唯一ターボエンジンを搭載しない、ミッドシップ軽オープンカーのビートはどんなクルマだったのか、筆者の体験も交えながら、改めて振り返りたい。 【画像ギャラリー】ホンダ・ビートのインテリアなどのディテール 軽自動車といえば、1998年の規格改正以前であってもエンジン排気量の規制値は厳しく、NA(自然吸気)エンジンでは余裕のある動力性能を得にくいのが実情だろう。スポーツカーとなれば軽自動車とはいえ相応の動力性能が求められるので、NAエンジンを選択したビートは、決して速さを楽しむ類のスポーツカーではないと想像できる。 しかも、ホンダが公式に掲げた商品コンセプトは「ミッドシップ・アミューズメント」。初代NSXに続いてMR(ミッドシップエンジン・リヤドライブ)の駆動方式を採用しつつ、ソフトトップの2シーターフルオープンボディ、可愛らしい内外装デザインと組み合わせ、軽四輪車初の運転席SRSエアバッグを設定するなど、「従来のクルマのどのジャンルにもあてはまらない新鮮で個性的な魅力を持つ“見て、乗って、走って”楽しい新しいコンセプトのクルマ」(発売当時のプレスリリースより)であることが強調されていた。 しかしながら、そのパッケージングやメカニズムをつぶさに見ていくと、ビートが決して雰囲気重視のふんわりしたクルマではなく、むしろ徹底的に理詰めで作られた本格的なスポーツカーであることが理解できる。
技術が詰め込まれた本気のスペック
全長×全幅×全高=3295×1395×1175mm、ホイールベース2280mm、車両重量760kgという、旧軽自動車規格に準ずる軽量コンパクトなボディに、直列3気筒SOHC12バルブエンジンと5速MTをミッドに横置き。前後ストラット式サスペンション、高く閉断面のセンタートンネルとサイドシルにより十分な曲げ・ねじり剛性を備えた専用のフルオープン・モノコックボディ、センタートンネルと運転席を左側へ25mmオフセットした左右非対称のインテリア、わずかながらも手荷物を搭載できるリヤオーバーハングのラゲッジルームを組み合わせている。 そして、E07A型直列3気筒SOHC12バルブエンジンには、3連スロットルとふたつの燃料噴射制御マップを組み合わせた「MTREC」(エムトレック。Multi Throttle Responsive Engine Control System)を採用。SOHCながら最高出力は自主規制値一杯の64馬力/8100rpm、最大トルクは6.1kg-m/7000rpmという、ホンダらしい超高回転高馬力型ユニットに仕立て上げた。 それでいて10モード燃費は17.2km/Lと、当時としては低燃費なのも見逃せない。 そうすることで、楽しさも運動性能もオープンカーとしての爽快感も、さらには居住性や実用性、安全・環境性能も、何もかも妥協せず、旧軽自動車規格のサイズに詰め込んだ、果たしてビートは極めて欲張りなミッドシップ軽オープンスポーツカーだった。 筆者が運転免許取得後、最初に所有したのは1989年式ユーノス・ロードスターだったが、ビートは1996年の生産・販売終了から約10年後に試乗したところ、そんな筆者の目からしても、初代ロードスター以上に軽快で開放感に溢れ一体感のある走りが楽しめる、最高のオープンカーだった。 その後、2015年4月にはS660が発売されたが、こちらはビートと同じくミッドシップ軽オープンながら、ターボエンジンにタルガトップボディを組み合わせた、パフォーマンス志向の強い性格に。2022年3月に生産終了するが、一方でビートは2011年、誕生20周年のタイミングでホンダアクセスより「20周年記念専用純正アクセサリー」が発売され、2017年には純正補修部品の再生産・販売が開始されるなど、その後も多くのオーナーに愛され続けている。 軽自動車規格が四半世紀前に変わり、クルマに関する法規も比較にならないほど厳しくなったいま、ビートオーナーが乗り換えるに値すると認められるクルマは、もう二度と現れないのかもしれない。
遠藤正賢