落語家月亭方正の凄味、妙味 爆笑王・枝雀さん思い出した
落語家月亭方正(56)は過小評価されていないか。山崎邦正として「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!」(1989年放送スタート)などのテレビ番組で「へたれキャラ」として人気になった。このときの印象が今もファンの間には残っていて「あの邦正が落語をするのか?」と冷やかし気味の目で見ている人もいるのではないかと思う。 違うんです。40歳で月亭八方師匠に弟子入り。以来15年にわたって上方落語家としての経験を重ねている。上方で落語家と呼ばれる人は約300人。15年、16年の修行ではまだまだ若手扱いの世界ではあるが、方正の落語は若手とか、ベテランの域を超えておもしろいのだ。 5月10日の独演会(なんばグランド花月)では「井戸の茶碗」「妾馬」の2席を演じた。満を持して用意した大ネタ2本。「井戸の茶碗」では、誇り高き武士2人の間に入って右往左往する商売人の姿が描かれた。 まず表情の変化がダイナミックでおもしろい。幸運なことがあって喜ぶにこにこ顔、窮地に追い込まれて泣きそうになる顔。何人もの登場人物を演じ分けるのだか、なかなかの演技力、役者だなと感心する。 表情に応じて声、口調が次々変わり、喜怒哀楽が見る者に伝わってくる。記者は運よく、前から2列目の座席をとることができ、間近に演者を見ることができた。方正の顔に汗が光り、表情の変化が手に取るように理解できた。 枝雀さん。1999年に亡くなった爆笑落語の先駆者を思い出した。 「56歳になりました。きょうは皆さんに告白することがあります。実は、ハゲてきました」 何げないツカミで客席から爆笑があがる。こういうときは、20代30代とテレビタレントとして顔を売ってきたキャリアがプラスに働く。 かつて上岡龍太郎氏が言っていた。 「同じ話をしても『この人はおもろい』と広く認知されている人は強い。登場しただけで『さあ、何かおもしろいことを話すぞ』と期待されるので、客は前のめりになっている。笑う準備ができている」 方正には、その強みが備わっている。少し上の世代でいえば鶴瓶、文珍、南光。舞台に姿を見せるだけで場内の空気が変わる。「さあ笑おう」と客はすでに笑いの沸点に近い状態にあるのだ。 上方落語は、一部の芸術マニアのためのものではない。日頃のイヤなことを忘れ、わずかの間、頭を空っぽにして大笑いできる。 前述の鶴瓶らはいずれも70歳代。上方落語協会の仁智会長も同じ。一方で、時代は常に新しいスターを探している。50代の方正は、同世代の吉弥、春蝶らとともに、いやでも上方落語の看板を背負っていかねばならない。落語を生で見たことのない人は、まず一度!【三宅敏】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「ナニワのベテラン走る~ミナミヘキタヘ」)