がんが治らなくても、「死ぬ」とは限らない…「がんとの共存」という新しい生存戦略
---------- だれしも死ぬときはあまり苦しまず、人生に満足を感じながら、安らかな心持ちで最期を迎えたいと思っているのではないでしょうか。 【写真】人が「死んだあと」に起こる「意外なやりとり」 私は医師として、多くの患者さんの最期に接する中で、人工呼吸器や透析器で無理やり生かされ、チューブだらけになって、あちこちから出血しながら、悲惨な最期を迎えた人を、少なからず見ました。 望ましい最期を迎える人と、好ましくない亡くなり方をする人のちがいは、どこにあるのでしょう。 *本記事は、久坂部羊『人はどう死ぬのか』(講談社現代新書)を抜粋、編集したものです。 ----------
新戦略=がんとの共存
がんになったら、ふつう、治るかどうかが最大の関心事でしょう。 転移とか再発が明らかになって、治らないとなると、それはもう死の宣告にも等しいというのが、多くの人の印象ではないでしょうか。 たしかに以前は、がんは治るか、死ぬかのどちらかでした。しかし、今は治らないけれど死なないという状況も可能になっています。先にも書いた「がんとの共存」です。 がんが人の命を奪うのは、生命維持に必要な臓器(肺や肝臓や脳)に転移して、その機能をダメにしたり、全身に転移して体力や免疫力を奪うからです。ですから、体力さえあれば、生命維持に関係のない臓器、たとえば骨や腹膜に転移しても、人は死ぬわけではありません(骨の場合は痛みがありますが)。 がんとの共存では、がん細胞を全滅させるのではなく、患者さんの命を奪わない範囲なら、転移があってもようすを見るという戦略が取られます。患者さんとしては、何ともすっきりしない状況でしょうが、何事も過ぎたるは猶及ばざるがごとし。以前は、がんを徹底的にやっつけようとしたために、副作用が強く出て、逆にがんの病勢を強めたりしていたのです。 がんとの共存を受け持つのは、腫瘍内科、または化学療法科と呼ばれる科で、抗がん剤や免疫療法を行います。以前は、がんの治療はまず外科手術があって、手術でがんを切除できれば治癒、取り切れなかったり、再発があれば不治で、あとは死あるのみでした。 患者さんの命を救うことが目的の外科医から見れば、腫瘍内科は治らない患者さんを受け持つ科、言わば敗戦処理の科のように思われていました。 しかし、今は治療法の進歩で、がんとの共存という新戦略が可能になりました。がんが恐ろしいのは死ぬ病気だからで、死なないのならほかの慢性疾患と同じです。もちろん、ずっと死なないわけではなく、いつかは最期を迎えるわけですが、それはがんでなくても同じでしょう。 だから、がんになって治らないとわかっても、決して絶望する必要はありません。残り時間を、有意義にすごす道はいくらでもあるのです。 (このように書きましたが、こういう励ましの言葉は私はあまり好きではありません。口で言うのは簡単ですが、実際にはそうとうな精神力が必要だからです。がんになってから慌てないためにも、正しい情報を知り、心の準備をしておくことが重要だと思います。)