【バレー】「オレは小川智大じゃない」自問自答し続けたWD名古屋 市川健太。苦悩と成長の末につかんだ初のPOM
開幕節では途中交代の屈辱も
そんな葛藤を抱えながらも、個人的には順調に練習やプレシーズンマッチといった実践を積んで臨んだ2024-25シーズン。10月13日の開幕戦は第3セットかぎりで、翌日は第1セットかぎりでベンチに下がることになる。スタメンでコートに立ったにも関わらず、だ。 「ショックは大きかったというか。正直、腹が立つというよりも自分に失望した、という具合です。『いける!!』と思っていたけれど、その気持ちに追いつかないくらいのパフォーマンスでしたから。ベンチに下がって一瞬だけ失望しましたね…、3秒くらいは」 3秒、と言って笑うが、その時間は本人にしかわかりえない苦しみが凝縮されていたことだろう。それでも次の試合はやってくる。 「ホテルに帰ったら、『とにかく明日の試合はどうしようか』と『これから何をしたらうまくなれるか、チームにフィットできるか』を考えていました。むしろ、そのことだけを考えていないと、メンタル的にやられそうだったので」 折れそうになっても、折れなかった。そうしようと自分をコントロールすると同時に、これまでのことを思えば、気持ちは自然と前向きになった。 「この2年間と天秤にかけたら、こうして試合に出られているだけで幸せだな、って。やっぱりね、試合に出られないキツさのほうが大きいんです。相手にボコボコにされて交代させられても、試合に出て頑張れている自分のほうが好きなので(笑) ここで折れたらもったいないし、監督にも失礼だし。じゃあ、やるしかないでしょ、と思いますよね」
初のPOMを喜んだ理由に家族の存在が
学生時代からレシーブ力には定評があり、アンダーエイジカテゴリー日本代表にも選出された。チームでは守護神を務め、体を張ったプレーでボールを拾い上げる。日本体大の先輩で現在はチームメートの高梨健太いわく、「足が傷だらけ」。それは市川のガッツを表現している。 また、我慢するとは言ったものの、ときには替えざるをえない、苦渋の采配を振るバルドヴィン監督も「ある試合においてはよくない日もある。ですが、どの一点に対しても彼は真摯に向き合います」と市川の姿勢をたたえる。 その頑張りが一つのかたちとなって報われたのが、11月9日の日本製鉄堺ブレイザーズ戦だった。特に市川のディグが光り、ストレート勝ちに貢献。「ディグは水物なので、たまたまたです。ただ、今日はちょっとよすぎましたね」とほほえむが、バルドヴィン監督からの「とにかくディグを上げてこい」というミッションを見事に遂行。試合後にはPOMに選ばれ、それは入団3季目にして初めての勲章だった。 「今日ね、たまたま家族が見に来ていたんです。居候させてもらった時期もある祖父母も含めて、家族一同が。ずっと『応援に行くのが楽しみの一つ』と言ってくれて、そりゃあ力が入っちゃいますよね。バレーボールを始めて17年、ほんとうに自由にやらせてもらったので、試合に出ることで感謝の気持ちを伝えられたと思います」 半年前、小川の退団を受けて家族からは「試合に出られるね」という言葉をもらった。そこに悪気がないのは市川自身もわかっている。ただ、その現実といざ向き合うと、プレッシャーに感じたのも事実だ。それが今は、「素直に『ありがとう』『頑張るよ』と言えるようになりました」。積み重ねた日々が、そうさせている。 「もうどんどん成長するしかないですね!! できていない部分は見えているし、やるべきことは明確なので、その歩みを止めないこと。とにかく結果が出ているときでも、成長をやめることがいちばんナンセンスだと思うので。それに僕自身は試合に出て1年目ですから、まだまだ伸びしろはある。小川智大という存在は僕が乗り越える壁なんだなと思いますし、自分ではダメなんだ、ではなく、自分でもできるんだぞ、という姿を見せていきたいです」 成長を続けた先に、きっとやってくる。「オレが市川健太だ」と胸を張る日が。 (文/坂口功将 写真/WOLFDOGS NAGOYA)
月刊バレーボール