監督・山村浩二×原作・小川洋子が送るVR作品『耳に棲むもの』制作陣が語る、“新たな挑戦”
アカデミー賞の短編アニメーション部門にノミネートされた『頭山』(2002年)などの作品で知られ、東京藝術大学大学院映像研究科アニメーション専攻教授としても教鞭を執る、アニメーション業界の大家・山村浩二。彼が、芥川賞受賞作『妊娠カレンダー』などで知られる作家・小川洋子の世界をVRで表現した作品『耳に棲むもの』。 【画像】『耳に棲むもの』場面写真 昨年の完成より、オタワ国際アニメーションフェスティバルのVR部門でグランプリ、アヌシー国際アニメーションフェスティバルのVR部門にノミネートなど国内外の映画祭で評価を得てきた。一般向けにも、ひろしまアニメーションシーズン(8月14日から18日まで)など、体験できる機会が増えてきている。 本インタビューでは山村と、企画・製作を担った講談社VRラボの代表取締役・石丸健二のおふたりに、制作の発端からこれまでの経緯、今後の展望を伺った。後編では、VR特有の表現に始まり、XRも含む“あたらしいメディア表現”について、空間コンピューティングやAIなども絡めて深く掘り下げてもらった。 なお、日本では長らくアニメーション作品について、作風に応じて「商業」や「アート」といった言い方がなされてきた。その一方で、英語では「アニメ」も「アート」の1ジャンルであるなど、あらゆる局面で英訳に悩まされる状況が続いている。そのため本稿では、山村のスタンスや作風も尊重して、表記を「アニメーション」で統一している。 ■大きさのバランスを調整する 何を見てもらうのかを選ぶ --本作は、“物の大きさ”を使った表現が非常にユニークだと感じました。缶の中身が散らばったときの、あんなに素敵だと思っていたミニカーのドアが、ひどく小さくくだらないものに思えてしまった瞬間は特に驚かされました。こうした効果は、意図したものですか? 山村:缶の中身が散らばる描写は、「缶の中に集めているもの」と「少年の記憶」が結びついているので、スゴく重要で大事なシーンでした。現実的にはそこにあるイメージなんですが、缶の中で思いを馳せるような感覚として、缶に視聴者が入り、物を掴めるというインタラクションにしました。 そうした時に、大きさをどうするかという問題はやはりあって、調整に時間がかかりました。こっちを大きくしたり、あっちを大きくしたりと試していたのですが、単純に物の比率で等倍にしてしまうと、缶の中に入ったときのイメージが違ってきますし、手に持った実感として物の感覚が伝わる感じにしたかったんです。 手に持った時に良い感じに手に収まるように、かつそれぞれの大きさのバランスが取れるところを採用していったので、完全に架空の比率になっています。それが現実の比率で缶からバラけるところで、小さなミニカーのドアにすぎないんだ、というギャップを感じていただけたと思います。 キャラクターの大きさのバランス調整も、チェックする時にVRゴーグルをつけながら指示して、特に後半はそういったチェックが中心になっていたかもしれません。実際にVR空間に入ってみないと自分のイメージと齟齬が生じる部分があるというのは、今回の制作プロセスを経て感じたことですね。 僕がアニメーションを作る場合には、物の大きさや比率に現実の比率とは違う自由度を持っているので、単純に現実の大きさに合わせてしまうと、うまくいかないのかなと思います。 --今回の作品は基本的に一本道のストーリーを視聴していくものに仕上がっています。よりインタラクティブな、たとえばギミックによって物語の展開が変化するような仕掛けには興味がありますか? 山村:360度、全部の世界を作れるんじゃないかとか、本棚の本も取り出して中を読めるんじゃないかとか、プロジェクトが始まった当初の自分のイメージではそこまでの世界を作りたいなというのはありましたね。ただ、先ほども言ったように容量の限界があるので、全て実現しようにもそうはいかないなと、作りながら学んでいったところはありました。 当初、小川さんのプロットから受けた印象として、最終的にビジュアルをどのように実現していくか、より具体的にしていきたかったし、書かれていない背景も含めていろんな仕掛けをしたかったんです。そこがVRの面白さであり、刺激されたところでもあります。 僕はこれまで平面のスクリーンでアニメーション映画を作ってきたんですが、VRはイマジネーションの中で広がっている世界を、実在しているかのように作り込んでいけますからね。そうなると、メインのストーリーの脇にある別のものを見たりすることや、そこから感じるものがスゴく大事だと思ったので、なるべくディテールを多くしていきたいと考えて作っていました。 ただ、今回はストーリーテリングが重要なところだったので、石丸さんがバランス取ってくださって。迷子にならないように常に気を配られていたので、僕の演出としては表現とかストーリーの流れを大事にする、小川さんのプロットを重視して作る形になりました。 石丸:我々としても、できるだけディテールにこだわりたいという気持ちもあるのですが、ストーリーテリングをするうえでは、何を見てもらうのか、どの部分を作りこむべきかを選ばないといけないところがあります。そのバランスを相談しながらうまく取り合った形ですね。 ずっと本棚の本を読めたとしても趣旨はそこではないし、話が進まなくなってしまう。360度どこでも見れるので、ストーリーがわからなくならないように見るところを誘導しなければならない。ナビゲータであるノートのページをめくるタイミングも通わないようにしなければならない。どのタイミングでどこを見て、どこに触れたらいいのかが自然とガイドされるような設計にすることに気を使いました。 それに、メディアとしても、VRはまだやったことがないという人も多いので、どんな方でも最後までたどり着けるようにするのはとても大事なことで、これはある種、我々が作品を作ってきて得たノウハウかもしれません。ただ、横道にそれて、時間を忘れて魅力的な本棚を愛でる作品はそれはそれで面白いと思います。それはコンテンツの志向次第ですね。 ■技術が上がっても企画はゼロから XRコンテンツへの興味 --山村さまは、今回の制作を通してどのような驚き、あるいは知見を得られましたか? 山村:VR酔いと関係する部分なのでセーブしましたが、カメラの移動、トラッキングみたいな感覚は映画の体験では得られないので、自分が演出していく中、見た時に驚いたし、こちらに入り込んで来るような、肉体感覚に迫るものがあって、バーチャルリアリティーというより、実際にはない特殊な現実感が面白かったですね。 特に、少年と大人が入れ替わって入っていくところは肉体感覚というか、現実では起こり得ないんですが、色々なVR作品を見て演出的に取り入れたいと思った部分なので、『耳に棲むもの』でもこの表現を採用しました。そこはたぶん体感されて驚かれた方もおられるので、うまくいったんじゃないかなと思っています。 --たしかに、そのシーンはいろいろな気付きがあって個人的にも驚かされました。小川洋子さんといえば、とにかく「描写」を重視される作家ですが、小川さんの反応はいかがでしたか? 石丸:小川さんは、ご自分の原作ではありますが、僕と山村さんとのやり取りの中で改変する作業をスゴく楽しまれていた気がします。我々もとても相談しやすく、小川さんの修正案がさらに面白く、VR的にも効果的だったりして一緒に作り上げた感じを強く持っています。 結果をご覧になっても「きちんと自分の作品らしさがある」とおっしゃっていただけました。小川さんらしさを守ることに最新の注意を払ってきたので、この言葉をいただけた時には非常にうれしく思いましたし、ホッとしました。 --講談社VRラボとしては3作品目のVR作品となりましたが、制作していく中でどのような知見が得られていましたか? 石丸:そこに関しては、知見が貯まってきている部分とそうでない部分があって。3作品とも監督もストーリーもテイストも違うので、どの作品でも試行錯誤の連続です。ただ、共有できる部分はかなりあって、たとえばVR酔いを避ける手法や肌感が増えてきたといったところや、前作で使ったテクニックを応用してクリエイターの作るスピードもあがってきていると感じています。 ただ、企画的なところは毎回ゼロからやっている気分です。上がってきたプロットをどうやって、どのようにVR化しようかと毎回頭を悩ませているので、練度が上がっているような、上がっていないような、そんな感じです。 山村さんもお詳しいとおもいますが、国際映画祭は「この映画祭はこういうテイストが好まれる」といった傾向があるように感じています。弊社は映画祭で評価してもらうことを1つの目標にしていて、どういう作品にしたら賞を狙えるか、評価されやすくなるか、といった感覚値は身についてきてる気がします。 ただ、一方で映画祭に合わせるばかりではなく、VRというメディアを使って世の中のためになる作品を作りたい、色んな可能性を広げていきたいという気持ちも非常に強いので、VRならではのトピックの選び方もなんとなく磨かれてきていると感じます。また小川さんをナチュラルにVR脳だと感じたように、VR的な発想のあるクリエイターに対する感度も高くなっていると思います。 --少しVRとは離れますが、Appleが日本でもとうとう『Vision Pro』を発売しました。講談社VRとして、これまで取り組んできたVRではなく、いわゆるMRコンテンツ・XRコンテンツへの興味は持っていますか? 石丸:興味はスゴくありますね。実は、弊社でも『Vision Pro』を購入したのですが、ちょっと驚きましたね。未来を感じました。これは他のデバイスでも出来る機能ではあるのですが、『Vision Pro』をかけてるのに外が見えて、なおかつその解像度がやたら高くて本当に自分の目で見ているのではと思えてしまうクオリティ高さ。かけっぱなしでも酔うことがなくて、なんというか“抵抗がない”感じです。かけたまま写真や動画も撮れるのですが、空間写真や動画を撮影してそれを再生した時に、ある種、他人の視界や記憶をジャックして追体験している気分になりました。 これは、人々の生活やツーリズム、ジャーナリズム、エンターテインメントを大きく変えるだろうなと想像しています。将来的にこのクオリティで他者とビデオチャットができるようになったら……と考えると、他者の視線をジャックできる『攻殻機動隊』のような世界がそこまで来ているのだなと、肌で感じました。 全部CGモデルで作られた世界ではない、生身の人間がやるコンテンツの面白さ・迫力・熱量というのは、間違いなくあって、リアルな世界とCGがミックスされる世界が当たり前になったとき、いろいろな人がこれまでにない全く新し世界を切り開いてくれるとおもうし、僕らのコンテンツ作りも変わっていかなければならないと感じています。 ■そもそも現実とは何なのか 物語が弱くても主体性を持てたら --あらためて、今後はどのような作品を作っていきたいか。お2人それぞれの目標を教えてください。 山村:僕は、また機会があればぜひVRに挑戦したいと思っています。技術的にどうしても1人ではできないメディアなので、何か企画があればというところですが。実際に作っていて思ったのは、もっと容量の制限などが緩和されていったら、もっと深く世界を作り込んでいって、より見る側の主体性に任せられるような作品、そういう“世界だけ仕掛けて”おいて、好きなところを見てもらう。そんな、それぞれが全く違うところを見てしまうような作品を作れたら良いなと、漠然とですが思っています。 自分が長くアニメーションを制作してきて、アニメーションがストーリーの方向に行くと、映画言語としてのモンタージュやフレーミングについて、自分の中で問題として考えるようになったんですが、VRにはどちらの問題もないんですね。もちろん、見てほしい方向性はきっとあるんですが、VRにはフレーミングで世界を切り取るところはなくて、360度どちらを見ても、提示したい世界やイメージが実現できる。 アニメーションは頭の中にあるものなのでフレーミングはないはずなんですが、映画の言語で語ると、リニアに1方向に進んで、フレーミングして、モンタージュで意味を産み出して物語を紡ぐことになります。これが、VRだとシークエンスの変化が大きすぎるので、映画的なモンタージュは使えないということで、必然的に自分の中のイマジネーションをまるごと提示できる形になるのが面白いですね。 僕としては、アニメーション表現の可能性を常に意識して作っているので、VRというメディアが想像以上に“アニメーション的なもの”に感じました。先ほどXRの話もありましたが、アニメーションはフィクションでファンタジーの世界だと思われがちなところ、昨今はよりドキュメンタリー的で、現実のささいなことを題材にした作品が増えてきていて、そもそも現実とは何なのかということを考えさせられます。 もっといえば、今はAIでスゴくリアルなものが作れてしまう時代なので、本当か嘘か、技術者でも見分けがつかなくなってきています。僕は頭の中の想像も、外側にある「現実だと思っているもの」もリアリティの度合いは同じだと思ってきました。 大学の卒業制作『水棲』は、水に写った像と現実が混ざっていく様を描いて、その境界というものをテーマにしたアニメーションなのですが、イメージの世界と光のリフレクションと物として存在しているもの、「それら全てがリアルであるし、同じ価値を持っている」ということを伝えたかったんです。そういうことが今、世の中の技術革新とともに間近に起こっているなと感じています。 つまり、肉体的に内と外に隔てられていたものがメディアによって壊されてきている時代になっているのかな、と。石丸さんが「小川さんはVR脳だ」とおっしゃられたように、想像力が豊かな人は、より自分の感覚と世界がつながりやすくなってきているとも思います。 石丸:講談社VRラボとしてはVRの仲間を増やしたいという気持ちがあります。色んな個性を持ったクリエイターたちとやりたいというのがあるんですけども、小川さんの作品を選んだみたいに、僕は基本的にストーリーから入ります。大体いつも脚本があって、それに合う監督を探して、という順番なのでこれは山村さんでないと作れないという脚本があれば改めてぜひご一緒したいと思っています! ただ時々監督・アニメーション作家からスタートというのもあっていいとは思うこともあります。ストーリー重視にすると監督の作家性や突き抜けた感覚が発揮できない気がするからです。ただ作風を優先してしまうとVRを無視した作品になってしまうリスクもあります。そこは本当に難しいのですが、それゆえにトピック×世界観×VRのバランスを取ることが重要かなと思っています。 どこからスタートしてもそのバランスをひたすら追い求めることで、VRならではの作品に落とし込めるのではないかと考えていますので、いろんなアプローチにチャレンジしたいです。 チャレンジといえば講談社VRラボは名前の通り「ラボ」なので、常にチャレンジすることを意識していますし、使命だと感じています。とにかく誰もやったことのないアイデアやトピックスはないかといつもアンテナを張っています。最近では多くの視聴者が役を演じることで成立する演劇みたいなコンテンツをやってみたいと夢想しています。 過去の作品でいうと、アイドルのバーチャルライブを開催したのですが、ライブでありながら移動しながらゲームのようにミッションをクリアしていくコンテンツを作りました。会場に集まってライブを受動的に見る体験だと、VRならではの没入感は得られず、現実世界のライブと変わらないかなと。 バーチャルの世界の物語にゆるやかにでも干渉でき、多くの視聴者が主体的に動き回れることができるライブエンターテインメントができれば、物語にもっと没入できてかつ多くの人たちとの共感や感動を共有できる新たなエンターテインメントが生まれるのではないかと、今はまだぼんやりとした構想段階ですがいつか実現したいと思っています。 みんながVRゴーグルつけて集まっている絵面はスゴく面白いと思うので、参加者だけでなくその中継を外から楽しむみたいなコンテンツもできたらと思います。 ーーありがとうございます。今後のお二人のご活躍も楽しみにしています。 『耳に棲むもの』は、映画祭での公開開始から1年が経過。10月中までは、新宿のXRコミュニケーションハブ・NEUUでも体験することができる。今後は一般公開に向けた準備も進んでいるとのことなので、引き続き情報をチェックしておきたい。
真狩祐志