人気ロックバンド銀杏BOYZ(ぎんなんボーイズ)の元ギタリスト、移住先の山口県で寺の住職に 地域の信仰支える思い
人気ロックバンド銀杏BOYZ(ぎんなんボーイズ)の元ギタリストで、移住先の山口県周防大島町で暮らす真言宗善通寺派僧侶の中村明珍さん(45)が、島の対岸にある同派不動院(同県柳井市)の住職に就いた。所属寺を持たない僧侶として、畑仕事にも打ち込んできた島での日々が10年を超えてからの新たな挑戦。心境の移り変わりを聞いた。 【写真】元銀杏BOYZ中村明珍さん 「島を望むこのロケーションが住職を引き受ける決め手だった」。大島大橋にほど近い斜面に建つ平屋の本堂は、明治初めの1877年の創建と伝わる。4月から5代目住職になった中村さん。1週間の半分は島から足を運ぶ。 お勤めや法要の傍ら、年季の入ったお堂の片付けに汗を流す。毎月21日の法座も営む。 登録上の総代を除いて実質的な檀家(だんか)はいないが、近所の人々から「お不動さん」と親しまれ、時折お参りに来る人もいる。別の寺の住職が兼務していた住職の後任を、近隣で数少ない善通寺派の僧侶として打診された。 自宅でも経典に向き合うことはできる。必ずしも寺を持つ必要はないと考えていた。それでも引き受けると決めたのは、地域の信仰を支えたいとの思いに加え、苦しんでいる人の駆け込み先になる拠点を持つことに意義があると考えたから。とりわけ、「言葉」を巡る現代の風潮に心を痛めているという。 交流サイト(SNS)で匿名の人々がののしり合う。「ささいな言葉のやりとりをきっかけに『炎上』し、傷つけられる人たちがいる」 バンドで活躍した当時、ファンに届ける言葉には特別な思いを込めてきた。若者が心の奥底に抱えた感情をストレートに表現。過激に聞こえるフレーズもあるが、「心の中に抱えたまま口に出して言えない、抑圧された思いは誰にでもある。それを解放させる一助になりたかった」。誰かの心のもやもやを前向きに昇華させるための「現代人なりの祈り」を、音楽を通して突き詰めた。 一方で自身が苦しんだのも、メンバーから投げかけられた「言葉」が大きかった。音楽を追究するが故に発せられたものと解釈しているが、受け止めきれないほどに追い詰められた。 絶望しそうな状況下で新たな視点を与えてくれたのが仏教だった。知人の紹介で寺を訪れ、穏やかな空気に引かれた。教えを学び始め、特に響いたのが、「真実の言葉」を意味する真言を掲げた空海の教えだった。 「都会での音楽活動を通じ、言葉は救いにもなり得るし、刃(やいば)にもなると痛感した。それならば人の助けになる使い方をしたい」と考えた。 妻の祖父母の地元である周防大島に、妻と長女に続いて移り住んだのは13年。バンドは脱退した。島の穏やかな暮らしと、さらに深く知った仏教が心を回復させてくれた。僧侶としては、県内の別の寺で営まれる法座のサポートを続けてきた。 住職に就いた今、訪れる人に説く「心の持ちよう」を温めている。例えば、煩悩にまみれた現世を指す「世間」と、悟りの世界を意味する「出世間」のこと。 「それぞれのフィルターを通す世間では、怒りやねたみといった感情が湧き上がる。そこを離れた世界観があると知るだけでも心は休まる」。全てをなげうって打ち込んでいた音楽の第一線を離れるまでに苦しんだ、当時の自分に伝えたいとも感じる。 護摩をたく設備や、瞑想(めいそう)を体験できる場を整えることも視野に入れる。「テクノロジーの発展した現代ならではの伝え方も探究したい」。島暮らしの中で出会った仲間たちと共に、学びながら楽しみながら、寺と地域の行く末を描いていく。