風間俊介、40代の実感はまだ湧かず 『金八』『それでも、生きてゆく』を見返し感じたこととは?
◆20歳の風間青年の目に映った“かっこいい大人”岸谷五朗&寺脇康文
――20年前最初に出演された『クラウディア』は、まだ風間さんも外部の作品に出る経験があまりなかったころかと思います。何か記憶に残っていることはありますか? 風間:ステージ上でハーモニカを吹くんですけど、五朗さんに「俊介、ちょっと待ってな。群衆を固めるから」って言われ、3週間くらい放置されてたんです。みんなと仲が良かったので居心地はよくて、端っこでハーモニカを吹きながら役のことを考えていました。 あとは、「俊介、どうしたい?」って聞かれて、殺陣や動きを付ける時に僕の意見がバンバン通っていくんです。寺さんも含めてすごい方たちなんですけど、こんな若造に「やってみな」って言ってくれて、器が大きいんです。 ――20歳の風間青年にとって、岸谷さん、寺脇さんというお二人は…。 風間:かっこいい大人ですね。もちろん役者としての話もできるんですけど、それ以上にかっこいい大人だなと思ってました。 余裕なのかな、やっぱり。ステージ上でもユーモラスだったり、自由さもあったり。めちゃくちゃ稽古をしているんだけれども、稽古をベースとしつつ変えるべきところはスパンと変えていくし。受け止める包容力みたいなものがかっこいい大人だなと見てました。 ――そうしたお二人の姿はその後の風間さんの舞台への姿勢に影響は与えましたか? 風間:文言化が難しいですね。間違いなく血肉になっているとは思うんですけど、文言化するとそれだけになっちゃいそうで、悔しいな。 たぶんなんですけど、地球ゴージャスってアンサンブルという概念がないんです。全員役者だし、どこにフォーカスが当たっているかの違いだけであって、今回の物語ではこの役にフォーカスが当たって分量が多くなっているけど、ステージにいるやつらには全員物語があると。そういう考えはもともと僕にもあって、ドラマだろうが映画だろうが、一緒に物語を作ったら、そこに優劣はないなって思っています。そこに確信を持ったのは、やっぱりお二人のスタンスからじゃないですかね。 ――20歳のころから風間さんにはすでに完成された印象があります。 風間:10年前とか15年前の写真が出てきても、いつの写真か分からないんですよ、僕(笑)。10年前に撮りためたんだろうって言われたりしますが、僕の中では年はとっているんです。 『クラウディア』を観る機会があって、「若ぇ!」って思いましたし、今やったら全然違うのにとも思うんですけど、面白いのが、今できるようになったこともあれば、もうできなくなってしまったこともあるんです。役者としては一歩一歩進んでるって自分でも思ってるし、今までの経験が糧になって成長できてると思うんですけど、成長しちゃったからできなくなったことも実はあって。いつだって、その時にしかできないことがあるんですよね。 『3年B組金八先生』で捕まってパトカーの中で振り向くっていうシーンを今見ても、この顔は二度とできないって思いますし、僕のターニングポイントになった『それでも、生きてゆく』もきっと今やったらこんな顔はできないって思うし…。がむしゃらさとかじゃなくて、顔つきなんだと思うんですよね。顔は変わってないんですけど(笑)。 ――(笑)。舞台は“生もの”とも言いますものね。 風間:SNSを始めまして、今回共演する福くんが『儚き光のラプソディ』を告知していたので「観に行きたい!」って書いたんです。ボケたつもりもあったんですけど、でもそれがなまじ嘘でもないんです。映像作品と舞台の決定的な違いって、“生もの”というのもありますが、一番大事なのは、舞台はお客様と同じ客席に座って観ることが一生ないということです。テレビも映画もお客様と一緒に客観的に見ることができるんだけど、舞台はそれができない。僕はそこに儚さを感じていて。1回やったら終わっちゃうという儚さもあるけど、僕は観ることはできないんだっていう儚さが舞台にはあります。