JR東海、リニア中央新幹線の保全業務にAWSを適用--機械学習やIoTの有効性確認
AWSとの取り組みは、山梨県にあるリニア中央新幹線の実験線で2024年1月に開始した。路線設備の点検保守を行う保守用車のIoT化によるリアルタイムな状態監視と、機械学習を用いて電気設備の異常を事前に検知する予防保全の2つのテーマで、概念実証(PoC)を進めている。 保守用車は、終電後~始発前の深夜の限られた時間に路線を走行し、路盤やトンネルなどの構造物、保安システムなどの運行設備などの点検と保守を行う。現在ではカメラを使った映像解析などの技術も採用されつつあるが、基本は熟練担当者による分析と判断になる。 PoCでは、実験線の保守用車にIoTの設備を搭載し、車両状態に異常がないかをAWSのクラウド経由でリアルタイムに管理する。各種検査データをリアルタイムにAWSのクラウドに蓄積、分析で行う。保守用車とクラウド間は専用線で接続し、クラウド側では「AWS IoT Core」や「AWS Lamda」「AWS Fargate」などを組み合わせており、保守用車からの状態データを地上側の担当者がリアルタイムに把握できる。 水津氏によれば、このPoCでは既存の保守用車にIoTの設備を後付けできることや、熟練担当者によって異なる判断基準のばらつきを平準化できる有効性が認められた。今回のPoCは、保守用車の状態を事前に把握しておくことで、始発前の点検に保守用車の稼働に急遽問題が起きて支障を来すような状況に備えたものになる。 水津氏は、「長大なリニア中央新幹線の点検保守は極めて大がかりなものになるため、効率的な作業を可能にする上でIoTの効果を期待している。また、検査でも例えば、音によって異常の可能性を判断(打音検査)しているが担当者によってどうしても聞こえ方といった感覚の違いが生じてしまう。そうした属人性を解消する上でも有効だと考えている」と述べた。 電気設備の予防保全のPoCは、設備データをクラウドに送信し、クラウド側ではAWSの機械学習基盤「Amazon SageMaker」を使って設備データを常時蓄積、学習する。また、あらかじめ送電設備の異常を識別するモデルを開発しており、これには5カ月ほどで構築。設備データの継続的な学習を通じて識別モデルの継続的な精度の向上を図ることが期待される。担当者がBIツールの「Amazon QickSight」を使って、グラフィカルダッシュボードで、瞬時に異常の予兆の検知と迅速な保守の実施が可能になるといった有効性が確認された。 リニア中央新幹線は、架線からの電気と車輪・レールで走行する東海道新幹線とは異なり、地上と車両に設置する磁気コイルの反発を利用して浮上走行する超伝導方式を採用している。磁気コイルに流す電流と周波数を複雑かつ緻密に制御することで、最高時速500kmの高速走行が可能になり、車両への給電もこれと似た仕組みで行われる。 こうしたリニア特有の仕組みから万一の電気設備の故障は、重大なリスクにつながりかねないため、今回のPoCで予防保全への有効性が確認されたことは、大きな成果であるようだ。 水津氏は、今回のPoCを引き続き実施していくとともに、適用範囲の拡大も検討していくとする。また、内製化を確立していくための人材育成も大きなテーマになると述べた。 「山梨実験線では27年にわたってリニア新幹線の実用化を研究しており、例えば、データ分析のノウハウもかなり蓄積されている。ただ、これまでは『Excel』とマクロで分析するといったやり方をしてきたため、SageMakerなどの最新技術を習得する上ではAWSに多くのサポートをいただいている。PoCはまだ始まったばかりで、今後もAWSのさまざまなサービスを利用し、AWSと連携しながら、われわれの経験を蓄積して内製化を推進していきたいと考えている」(水津氏) なお、リニア中央新幹線に関するデータのAWSクラウドでの利用は、現時点ではPoCのテーマにある保守点検や設備の予防保全などの範囲を想定しているとのこと。水津氏によると、リニア車両自体の運転制御などは全く別のシステムとデータを用いており、パブリッククラウドとの接続の可能性は、安全性の観点から慎重に検討していくだろうとした。万一サイバー攻撃などが発生して、仮にその影響が車両の制御に及ぶことになれば、乗客の生命に直結しかねない。 また、同社は6月に新幹線の検査専用車両「ドクターイエロー」を廃止し、通常の営業車両に搭載するシステムで検査を実施する方針を発表して大きなニュースになった。基調講演後の記者取材に応じた水津氏に、今回のPoCの成果をこの方針にも生かせるのかを尋ねたところ、「最高時速285kmの現在の新幹線と最高時速500kmのリニアでは環境が全く異なる。(検査や分析、保守などの技術は)現在の新幹線では実現しているが、リニアにも適用できるのかは検証していく必要があり、まだまだ難しいというのが実情」と話した。