「生きた組織」を構成するプレーヤーとは
■主なプレーヤー 牛は、さまざまな現実のパーツで構成されている。肺や肝臓や脳や腸などである。これらの部位は、それぞれ現実の役割を果たしている。その点がサーロインステーキとの違いだ。サーロインステーキは、牛のためになんの役にも立っていない。牛の命を終わらせることを別にすれば、の話だが。同じように、組織も現実のパーツによって構成されていて、それぞれのパーツを担うプレーヤーたちが現実の役割を果たしている。主なプレーヤーを紹介しよう。 ・オペレーター:製品の製造、サービスの提供、製造やサービスの直接的な支援など、組織の基本的な現場業務を担う。アイスホッケーチームであれば、ゴールを決めたり、相手チームのシュートを止めたり、試合で使う道具を整備したり。レストランであれば、サーロインステーキをテーブルに運んだり、来店客の自動車を駐車場に移動させたり。メーカーであれば、原材料や部品を調達したり、工場で機械を動かしたり、製品をセールスしたり、といったことをおこなう。 ・サポートスタッフ:現場業務を間接的に支援する。情報システムを整備したり、法務サービスを提供したり、オフィスの受付で来客を出迎えたりする。たとえば、大学にどれくらいの種類のサポート業務が存在するか数えてみよう。図書館の運営、学生の進路指導、給料の支払い、学生寮の運営、同窓生への対応、人事、教職員用ラウンジの運営などなど。あまりに多くのサポート業務が存在していて、教員の居場所が残っているのか心配になるくらいだ(「スタッフ」という言葉は、これとはほかの意味で用いられる場合もある。「法律事務所のスタッフ」というように、従業員全体を指すケースもあるし、病院の医師など、ある種のオペレーターを指して用いられるケースもある。ときには、軍の参謀長のように上級マネジャーを指すケースもある)。 ・アナリスト:分析をおこなうことにより、その組織における活動をなんらかの形でコントロールし、調整する。活動の計画を立て、スケジュールを決め、数値計測をおこない、予算を割り振り、ときには実務に携わる人たちを訓練するのだ。ただし、自分で実務をおこなうことはない。こうしたアナリストたちは、組織の「テクノストラクチャー」と総称されることもある。本書で述べるように、アナリストやサポートスタッフがほぼ存在しない組織がある一方で、その片方や両方で溢れ返っている組織もある。 ・マネジャー:組織の特定の部署、もしくは組織全体に対して正式な権限をもっていて、その部署や組織に属する人たちの活動すべてを監督する。「部署」とは、病院の救命救急センターや、レストランのペストリー部門、アイスホッケーチームのフォワード陣など、正式な組織構造の中で特定の役割を担う部門のことだ。よほど小さな組織を別にすれば、たいてい、こうした部署を記した組織図が作成されている。 組織図の上では、いくつもの部署が積み重なって「権限の階層」が形づくられる。軍隊では、兵士たちのグループが分隊を構成し、分隊が集まって小隊になり、小隊が集まって中隊になり……という具合に、大隊、旅団、師団、そして陸軍や海軍、空軍が構成される。分隊を束ねる軍曹から、陸軍や海軍、空軍の全体を束ねる大将にいたるまで、それぞれにマネジャーが存在する。もちろん、これは軍隊に限った話ではない。スポーツチームの監督、教会の司教や主教、映画の監督など、肩書はまちまちだが、社会のいたるところにマネジャーがいる。 企業全体を束ねるマネジャーは、たいてい最高経営責任者(CEO)と呼ばれる。そして、その直属の部下に、最高執行責任者(COO)、最高財務責任者(CFO)、最高人材育成責任者(CLO)など、アルファベットの「C」で始まる略称をもつ最高幹部たち(「Cスイート」と総称される)がいる。最近は、ビジネス界を猿まねして、企業以外の組織にもCEOの肩書をもつ人たちがあらわれるようになった(少なくともローマ・カトリック教会のトップは、まだCEOではなく、「教皇」と呼ばれているが)。マネジャーは、部署や組織を監督することに加えて、部署や組織を外部の世界と結びつける役割も担う。セールス部門のマネジャーは顧客と面会し、ローマ教皇はバチカンのサンピエトロ広場で信徒たちに向かって演説することも仕事だ。 ・文化:その組織に浸透している信念体系。すべてのプレーヤーに共有される枠組みを提供する。理想的なケースでは、組織の骨格に命を吹き込む。ひとりひとりの人間に性格があるように、ひとつひとつの組織に文化がある。その組織がどのような文化をもっているかにより、ものごとのやり方が変わってくる。間接的なアプローチが好まれる場合もあれば、強制的なアプローチが好まれる場合もある(文化は、組織文化だけではない。医療従事者など職種ごとの文化や、セールスやマーケティングなど組織内の部署ごとの文化、ドイツの文化やイタリアの文化など国ごとの文化もある)。 組織心理学者のエドガー・シャインは長年、組織文化を3つの階層にわけて説明している。最も表面に位置するのは「人工的産物」。これは、その組織を視覚的に象徴するもののことだ。アップルのノートパソコンに描かれているリンゴのマークやカトリック教会の十字架、米国の自由の女神像などが該当する。これより少し深いレベルに位置するのは「標榜される価値観」だ。その組織の意図を公的に表明したものである。モーセの十戒や、組織のミッション・ステートメントの類いがそうだ。そして、最も深いレベルに―ときには無意識レベルに―埋め込まれているのが「基本的な前提認識」である。これは、プレーヤーたちの振る舞いに反映される。最も高い水準の品質を維持すべし、ものごとを極力速く遂行すべし、といった考え方のことだ。 当然、健全な組織であれば、標榜される価値観は、基本的な前提認識に基づいている。しかし、現実にはそのような場合ばかりではない。たとえば、「グリーンウォッシング」という言葉で表現されるように、環境保護の面で責任ある態度を取ると、口先だけ表明している企業もある。 ・外部のインフルエンサー:外部から組織の行動に影響を及ぼそうとする。大企業へのロビー活動をおこなう労働組合や地域コミュニティ、利益団体などがこれに該当する。企業も、政府へのロビー活動をおこなう場合はインフルエンサーと位置づけられる。環境保護団体のグリーンピースは、国連気候変動枠組条約の締約国会議に対してロビー活動を展開し、ブラジルのリオデジャネイロのサッカーファンたちは、地元チームのCRフラメンゴを熱烈に応援する。ビジネス界では、企業の株式保有者を「シェアホルダー」(株主)と呼ぶのと対比させる形で、インフルエンサーたちを「ステークホルダー」(利害関係者)と呼ぶことが多くなっている。このようなインフルエンサーたちは、全体として「外的連合」を構成する。その連合は、「受動的」なものにとどまる場合もあれば、特定の集団によって積極的に「支配」されている場合もあるし、いくつかのグループに「分裂」している場合もある。
ヘンリー・ミンツバーグ